おまけ 運命の強制力 1


お嬢様がジョセフィーネ様と舌戦を交わし、涙を流された後、夏休みへ突入した私の生活はガラリと変わりました。


まず、お嬢様から学園が始まる1ヶ月半までお休みを言い渡され、セレンディス公爵家の町屋敷に挨拶に伺ったり、そのままお世話になる事が決まったり、ガイが式の日取りを無理矢理取ったのでそれに合わせて招待状を送ったり、ドレスの採寸やデザインに追われたり……。

果ては妻側が用意する筈の普段使いのドレスやワンピースまでセレンディス家が出すと言い張り、そこはレイン家が出すと父が引かずに決定が遅れたり……(結果セレンディス家が出す事になりましたが……)と、私は目の回る思いで日々をこなしておりました。


そもそも、五大公爵家にたかが子爵家が言い返す事など恐れ多いものなのですが、元々我が家は特殊な家系な上に歴史も古く、国に対して役割りとしては辺境伯か侯爵として充分力があるのと、とにかくまあ、率直な物言いの父なので恐れを知らないというかなんと言うのか……。


しかし、それでも私を嫁にと何の反対もせずに、歓待した様子のセレンディス公爵にはとても感謝しております。


只、婚姻後は子供を授かったら職務は辞退、ガイが跡目を継いだら完璧に公爵夫人として行動しなければならないので、その勉強が待っているのですが……それを考えると、お嬢様の側を離れる未来が私は想像出来ない上、今のこの長いお休みを頂いたのも不満がございました。

もっと休みを取れば良いと仰っるお嬢様に、私が頑として頷かないでおりました所、間を取って、この期間だけ休みになったのですが、


『……もっと夫を大切にしなきゃ駄目よ?』


と困った様子で窘められてしまいましたので、私はやむなく頷いたのです。


しかしながら、婚姻式の日取りも後3日と迫っている中、お嬢様のお世話を出来ない私の苛立ちを察してか、ガイが王都の街を見て回ろうと提案してくれて、2人でぶらぶらと小物などを見て回っていたのですが……



「お、お久しぶりですぅ……、ラナ様……助かりましたぁ……」


「お久しぶりでございます。ミレニスさん……。何故こんな事に? 」


卒業パーティー後、マーレイ家の若き公爵に連れられて、マーレイ家の屋敷へと夏休み中お世話なっている筈のミレニスさんが、現在私の目の前にいらっしゃいます。

勿論、マーレイ家も豪華な町屋敷をお持ちですので、彼女も王都に滞在はされていたのでしょうけれど……そこで貴族教育と、今期ぎりぎりには夜会に出させると聞いておりましたから、色々な勉強で忙しくされているかと思っていた私は驚きました。



しかも、暴れ馬の背に乗っていて制御出来ずにいた所を、私がお助けしたのです。



夢中で手綱を掴み、必死にしがみついていた女性の後ろに回って馬を宥めたのですが、まさかそれがミレニスさんだとは思っても居なかったので、私は二重の意味で驚きました。


私達が顔を見合わせていると、かなり後ろから馬の持ち主らしい男性と、お嬢様〜!と慌てた様子の女性が走って来て、暫くして馬に追い付きました。

降りられないミレニスさんを私が先に降りて補助しつつ、そっと降りて貰い、謝り倒す馬主に気を付ける様に注意して、馬を渡します。


そこへガイが呆れた様な顔をして私の側へと来ると、ぽんと肩に手を置きました。


「いきなり走って、何かと思ったら自分で馬を止めるとか、俺に任せてくれれば良いものを……危ないだろう? 」


「ですが、一刻を争いますから。誰かが馬に蹴られる恐れがありましたし……」


「そこに自分を入れてくれないか?明後日には式があると言うのに、お前は……」


「平気ですよ。飛竜の扱いに比べて、馬の方がまだ勢いがありませんし」


そう言う問題じゃないんだが……と苦笑いされ、少し納得は行かないものの。私はミレニスさんに向き直しました。


「お怪我がなくて何よりでした」


「ありがとうございました、本当に助かりましたぁ……。私の魔法が通じると思っていたものですから、止めれる筈が……」


「そ、そうですよ、お嬢様!! 馬に飛び乗るなどはしたない真似をなさって! バセント様になんと言えば……!! 」


追い付いた侍女らしき女性が、青ざめた表情でミレニスさんにずいっと近付いて、今にも噛み付くのではないかというぐらいの剣幕で言い募っています。


「うっ!でもあのままだと危なかったですし、私なら……」


「危ないのはお嬢様でございます! マーレイ家の令嬢に怪我をさせたとあらば、馬は廃棄、馬主は職を失うどころの話しではないのです! ご自覚なさって下さい! 」


「うう……分かりました……」


中々お勉強も大変な様でございますね。ミレニスさんも、侍女の女性もまだ打ち解けてはいないみたいですが、そんな中お出掛けなどして大丈夫なのでしょうか?


「そう言えば、ミレニスさんはどの様な用事で此方へ? お召し物も素敵ですよね、汚れていなければ良いのですが……」


「は! そうですよ、そうなんです!! 今日はアリアナ様にご招待頂き、王城へ伺う予定だったのです!! 手土産を選んでいた所、外で馬が暴れてっ! 」


それは初耳です! というか、ここ1カ月お休みでしたから仕方ないのかも知れませんが、なんて事でしょう?! 正直羨ましいです! 私だってお嬢様のご尊顔を日に一度、いえ常に拝見していたいと思っておりますのに! 今は常にガイの町屋敷にお世話になっている身ですから、おいそれと王城へと行けない自分が憎い!


「こうしてはいられないです! あの、恐れ入りますが、私共は急いで王城へと向かわなければなりません。お嬢様、お怪我が無いようでしたら、早速馬車へ戻りましょう! 」


「え?! ええっ、そんなに引っ張らないで下さいよー! ラナ様、セレンディス様、失礼致しますぅ〜!! 」


手を引かれて連れて行かれたミレニスさんを見送ると、ガイが肩の手を引いて抱き寄せました。往来でやめて頂きたいと言おうと顔を伺えば、何やら少し機嫌が悪いかも知れません。どうしたのでしょう?


「……そんなにアリアナ嬢の所へ行きたいのか……? 」


私、そこまで顔に出していたのでしょうか? しかし、本当にそうなので私は頷きました。


「ガイ……当たり前でしょう? ホムラとシズルを置いて来たとはいえ、有事の際には駆けつけて差し上げられないのは歯痒いのです。貴方は護衛対象である殿下の事は気にかからないのですか? 」


「いや、全く。あいつはアリアナ嬢以外の事では殺しても死なない」


「………」


思わず納得してしまいましたが、私はじっとりとした視線をガイに向けました。これで直属の護衛騎士なのですから、幼馴染故の馴れ合いは王族にとってとても危険な気が致します。


暫く見つめ合って(私は睨んで)いたのですが、ガイが大きく息を吐き出しました。


「分かった。これではデートの意味も無い。今から王城へ向かうか? 」


「まあ! 本当ですか? ありがとうこざいます、ガイ!! 前々から思っておりましたが、貴方のそういう察しの良い所、素敵な長所だと思います! 」


「!! 」


ガイは驚いた様子でしたが、私は喜びながら人の邪魔にならない所で待機しているセレンディス家の馬車へと向かいました。


「……そういうのが狡いんだよな。ラナは」


「? 」


ガイがぶちぶちと文句を言っておりましたが、私そんなに我が儘を申したつもりはありませんのに。失礼な話しです。


ガイは私の腕をさっと取り、馬車へとエスコートしてくれます。未だにこのやり取りは慣れません。少し恥ずかしくなってそっぽを向けば、


「さっきは堂々と口説き文句を言ってたのに、これで照れるとか…先が思いやられるな? 妻殿」


「口説き?! 私は思った通りの事を……今妻って言いました? 」


「紛う事無く妻だろう? さあ、妻の機嫌も直った所だ、もう一回り散歩してから王城へ向かおうか? 」


「直ぐに向かって下さらないの?! それではミレニスさんに追いつかないじゃないですか!! 」


私が慌ててそう言えば、ガイは何が面白いのかくく、と笑うのでした。こうやってガイは日頃から、私をからかうばかりで先が思いやられるのは私です!

少し頬を膨らませてガイを見上げれば、また笑いだす始末。本当、女性の顔を見て笑うなど失礼だと思います。


しかし、足取りはきちんと馬車へと向かっていて、王城へと向かってくれると察した私は、ガイの失礼な態度は不問にしてあげる事にしたのでした。


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