おまけ 運命の強制力 3
「な、何でこんな事に……」
そう呟いているのはミレニスさんです。
私とミレニスさんは、王都の外れ、本来なら馬車で5時間程掛かる、殿下の領地でもある平原へと降り立ちました。アリアナ様の未来視により、今日はミレニスさんの生物操作……
あの暴れ馬の一件は、ミレニスさんにとっての人生の転換期とも言える重大な事件だったそうで、そこで暴れ馬をいなしてくれた御仁を師匠と仰ぎ、修行を行わなければならないそうなのです。そこでミレニスさんの魔法が一歩前進するのだそうで。
なのに、私が後先考えずに躍り出てしまいましたので、責任を取り、彼女の供として今日は指定されたマハド平原へと赴いた次第です。
勿論、これは後からお嬢様直々に説明された事柄であり、ミレニスさんは只私に連れられて修行するとしか伝えられていないものですから、余計に気を使われてしまうのでしょう。
それは申し訳無いのですが、こればかりは彼女に付き合って頂かなければなりません。
ここは
赤兎は真っ赤な瞳に灰色の毛皮で覆われていて、とても可愛らしいので、ペットとしても人気があります。私も実物を見るのは初めてですから、修行と言えどちょっとわくわくしております。
「あ、あのぅ……本当に良かったんですか? 明日は結婚式なのですよね? 私に付き合ってもしも怪我なんてされたら……」
ミレニスさんは朝からずっとこの調子で心配して下さるのですが、ホムラであればここまで1時間も掛かりませんし、今日はシズルまで連れて参りましたから、心配はご無用です!
それよりも、お嬢様の護衛に指名した王国竜騎士団の団員が粗相などしていないか、そちらの方が私は心配です。まあ、サユキ付きの騎士ですから大丈夫でしょうけれど。サユキもレイン領輩出の飛竜です。白く美しい体は相変わらず綺麗でした。
騎士の方との相性も良いみたいでしたので、そこは大丈夫だと信じておきましょう。
「いいえ、私の事はご心配無く。ホムラに赤兎を捕まえさせますから、ミレニスさんも、気兼ね無く練習されて下さいね! 」
「仮にも新婦様なのにぃっ?! 申し訳ありません! セレンディス様にもなんてお詫びをすれば……」
「ガイですか? 新郎側は結婚式の前に独身者だけの集まりがあるそうですし、私が居ない方が気兼ねなく行けて良かったのでは? 」
「あ、あのお顔見てらっしゃらなかったのですか?! ラナ様、それは流石にセレンディス様が可哀想過ぎますよ〜! 」
確かにガイは出立のその時まで、絶対付いて行くだの、竜騎士団を使うだの騒いでいましたが、いくら晴れてシズルを賜ってガイが正式に竜騎士になったと言っても、私用で団までは動かせないですし。
それにホムラには2人までしか乗れませんし、シズルは幼過ぎて長時間飛行させるわけには参りませんし……そもそも、新郎の為の独身者だけの集まりが元々予定されていたのですから、何も問題も無いと思うのですけれど……そんなに駄目だったでしょうか?
けれど、あのお嬢様が『行った方が良いのかも知れない。』と仰るのならば、何があろうとも行くべきだと私は思うのです。それが、例え邪が出たのだとしても。
「まあまあ、全てはミレニスさんの成果によって早く帰れるか決まるのですから……頑張りましょうね?ホムラ、お願いね! 」
そう言うと、ホムラは天高く飛び立ちます。
「うぅ……頑張りますぅ……」
それから、ミレニスさんの修行が幕を開けました。
ホムラが咥えて来た赤兎の可愛さと言ったら、それはもう! 毛玉です! 丸いのです! 耳まで垂れ下がって、それを含めてまん丸なのです! そんな可愛さに2人ともやられながら、ミレニスさんは魔法の操作の練習をして、逃げられては別の赤兎をホムラから渡されて……私はホムラの褒美に火蜥蜴を狩っては食べさせる……を繰り返しておりました。
「中々難しいですぅ……」
「一朝一夕とは行かないのですね……」
何度繰り返したのか分からない程、ミレニスさんは赤兎に逃げられ続けて、気が付けば日は真上からやや傾いていました。遅めのお昼を食べたら、日が暮れる前にはここを発たねばなりません。
「……ラナ様は、ホムラ君とどうやって対話しているのですか? 」
「ホムラですか? 物心付いた頃には何となく意思疎通が出来ていましたから……私の意見はあてになりませんよ? 」
「ですよねー。どうも靄が掛かった様に見えないんです。……ホムラ君とも、あれ以来意思疎通出来る気がしませんですし……」
「そうです! あの時はどうされたのですか?! それこそ、片割れが居る飛竜の意思を曲げるなど、易々出来る事では無いのですから、あの時の感覚を思い出してみたら良いのではないでしょうか?? 」
果実水をごくりと飲み込んで、ミレニスさんは首を振りました。
「あの時は必死な様子のアリアナ様に気圧されて、無我夢中で……何が何でも言う事を聞きなさい!! と思った事しか覚えていないのです……」
「それです! 」
「え? どれです? 」
私は膝に広げていた布巾を畳み、籠へと押し込みました。それを受けて、ミレニスさんも昼食の片付けを始めます。
「ミレニスさん、貴女にはどうしても、一歩引いている部分があるのです! 」
「引いてる……ですか? 」
「ええ、そうです。確かに、貴女は学園では殿下のせいで冷遇を余儀なくされておりました! 」
「う! 」
「ベガモット様からも目立たない様にと釘を刺されて育ち、それが最早当たり前になってしまった! 尚且つ身に染み付いている! 」
「うぅ! 」
「そもそも、ホムラと意思疎通を一度でも出来た力があるのです! それは誰よりも稀有な力です! 後は、生物の気持ちを読むのではなく、貴女自身の伝えたい意思が足りていないのだと思います! 」
「た、確かに読む事ばかり考えていました……」
私は思い切り立ち上がり、ミレニスさんの手を引きました。彼女はおずおずと立ち上がります。
「そこに成功の糸口があると思います! 」
さあ、まだ修行は続きますよ。私はミレニスさんの肩を叩いて激励致しました。ホムラ、頑張りなさいね?
しばらくして近くの火兎を見なくなったので、場所を変えて修行の続きをしていました。私は相変わらず火蜥蜴を狩って、時には
それからやや暫くして、少しだけミレニスさんから距離がある時、彼女の声が響きました。
「や、やりましたよ!! この子の気持ちが分かります!! 」
そう言って赤兎を抱き締めて私に手を振るミレニスさん。とても喜ばしい事でしたが、私はそれどころではありませんでした。彼女のずっと後ろ、そこに大きな影を見つけたのです。
普段は森に居るはずの大蜘蛛、アラクネの姿が。
私達は、いつの間にか森へ近付き、そして餌でもある赤兎を四方へ逃したばかりか、まんまと自分達を相手のテリトリーへ餌ごと差し出してしまったのでした。
迷っている暇はございません。私は腰に携えていた剣を、
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