4-2

 「つ、つまり、熊林さんが・・・ その・・・ 仕事をする際に・・・ 周辺の安全と言いますか・・・ み、見回りのような仕事を請け負えと・・・ 仰るわけですね?」

 言葉を選びながら話すので、どうしてもつっかえてしまう。判りやすく言えば『ブツの受け渡しをするから、周辺を警戒して警察の突入を監視しろ』というわけである。それを聞いた熊林は「うむ」と頷いた。

 二人が連れて来られたのは熊林組との看板を掲げる、いわゆる組事務所・・・である。真ん中に据えられた黒革のソファーに座らされ、その向かいにはあの老人、熊林組長が居た。熊林は例の杖を膝の間に立て、その上部に両手を添えた姿勢のまま宗男たちに相対している。熊林の後ろには、河川敷にいたあの二人組が控え、逆に宗男たちの背後には組員たちがズラリと立ち並んだ。前のMIBとは異なり、背後の組員たちはいかにもヤクザ者で、何か有れば直ぐにでも宗男たちを血祭りに上げんばかりの気迫を立ち昇らせている。

 「そ、その・・・ 熊林さんのお仕事とはいったい・・・」

 宗男がそう言った瞬間、背後が殺気立った。宗男は、その殺気が立つ音が確かに聞こえたと思った。宗男のキンタマは自分を守るためか、先ほどから体内に引っ込んだまま出て来る気配は無い。

 熊林は絞り出すような声で答えた。

 「アンタらが、そんなことを気にする必要は無い」

 迫力のある決定的な口ぶりに、宗男の背筋が凍り付いた。組事務所に入って以降、崇は焦点の合わない目をしてポカンと口を開け、そこから「あぁぁわぁぁわぁぁ」と、意味不明な呻き声を微かに上げ続けている。恐怖のあまり、完全に自我が崩壊してしまったようだ。

 「お、お聞き苦しいのですが・・・ それって・・・ 法に触れる・・・」

 そこまで言った瞬間、背後の若いチンピラが懐からドスを抜いた。

 「てめぇ、このヤロッ! 組長になんて口の利き方をっ!」

 今まさに飛びかかろうとするチンピラに、宗男は「ヒッ」と声にならない悲鳴を上げて、ソファの上で頭を抱えて丸くなった。しかし、そのドスは一向に宗男の身体に到達しない。ギュッとつむった眼を恐る恐る開くと、熊林が右手を掲げて子分たちを制していた。周りの年嵩の兄貴分たちに取り押さえられたチンピラは、その熊林の動きを見て動きを止めている。

 身体の力を抜いた子分たちが最初のポジションに戻った瞬間、右側に居た兄貴分がチンピラの鳩尾に痛烈な一撃を加えた。チンピラは「グェッ」と呻き声を上げて崩れ落ちそうになったが、その兄貴分が襟首を掴んで崩れ落ちることを許さなかった。

 「組長じゃねぇっ! 会長と呼べって、何回言ったら判るんだっ!」

 「へ、へぇ、すいやせん・・・」チンピラはほうほうの体で応えた。

 この一連の騒ぎの間も、崇は遠くを見る目で「あぁぁわぁぁわぁぁ」と、異世界だかお花畑の浮遊を続けているようだ。熊林は落ち着いた口調で続けた。

 「アンタらのことは調べさせてもらった。トヨサン自動車の依頼は上手くやったようじゃな」

 「えっ・・・ あ、あれは・・・」

 「お互いに脛に傷が有る者同士、仲良くは出来んかのう?」

 そこまで言われたら、仲良くしないわけにはいかないではないか。仕方なく宗男は言った。崇が当てにならないので、ここは自分がしっかりせねばならない。

 「わ、判りました。それでは、その日時と場所を教えて頂けませんか?」

 「それは出来ん」熊林はキッパリと言った。

 「情報が漏れる可能性を、極力排除したいからの。判るじゃろ?」

 「しかし事前情報が無ければ、こちらとしても準備のしようが無いのですが・・・」

 熊林は考え込む素振りをした。

 「その事前情報は、そんなに重要なのか?」

 「はい。日時や場所は構いませんが、少なくとも現場の建屋の配置や広さなど、監視すべきエリアの情報が必要です。より完全な監視をお望みなら、一考頂いた方が良いかと。あと、準備にどれくらいの期間を使っても良いのか、ザックリとした目安だけでも」

 その時、熊林の左後ろに居たMIBが、何やら耳打ちする仕草を見せた。熊林はその声を聴きながら、微かに頷いている。そして再び宗男に向き直った。

 「良かろう。それでは、何らかの方法で現場の情報を、準備期間と共にお伝えいたそう。ただし、場所そのものは特定できんようにさせてもらう。その方がお互いのためじゃからな」

 「お互いの? それが、私たちの為でもあると?」

 「左様。もし事前に情報が漏れたりしたら、わしらはまず最初にアンタらを疑うことになる。そうなったら、アンタのあの美人の奥さんが悲しむじゃろうな」

 それは勿論、恭子のことであろう。優し気な口調で、随分と物騒なことを言うものである。彼が言ったように、MKエアサービスのことは全て調べ上げているらしい。確かに熊林の提案通り、具体的な場所までは知らない方が身のためのと言えそうだ。

 「承知しました。具体的な場所は、当日にでもお伝え頂ければ結構です」


 後日、熊林から届いた速達には、ブツの受け渡し現場を複数の尺度で記した見取り図が入っていた。見たところ、どこかの港の倉庫街のようにも思えたし、工業団地のようにも思えた。ただ、それが何処であるかを詮索することは、熊林の言う通り自分たちの為にはならない。宗男はあえて考えることをせず、その見取り図から当日の作戦を練ることに集中した。それを横から覗いていた崇が発言する。

 「結構、広いね、この現場」

 組事務所では、自分は「あぁぁわぁぁわぁぁ」と夢の中を彷徨っていたくせに、安心した途端に口数が多くなる。現金な奴めと宗男は思ったが、それを口にすることは無かった。その代わり、この件に関しては崇に目一杯働いて貰うつもりでいた。

 「思ったんですけど、複数のドローンを飛ばして、それらを無線ネットワークで繋ぐことは出来ませんかね?」

 「複数? ネットワーク?」

 「そう。崇くん、そっち系は得意ですよね?」

 「無線ネットワークってのは比較的簡単にできるけど・・・ 複数ってのは・・・ 何機飛ばすつもりなの、お兄さん?」

 「うぅ~ん、この広さだと・・・ 4機は欲しいかな」

 「4機!? パイロットが二人しか居ないのに? じゃぁ、プロポは使わない自律飛行ってこと?」

 「そう。こっちからは要所要所で色んなキューを送るだけで、後はドローンが勝手に判断する感じかな・・・ できます?」

 「随分と簡単そうに言ってくれるなぁ。準備期間はどれくらい有るの?」

 「親分が・・・ いや、会長が言うには最低でも1か月は準備に使えるそうです。場合によっては2か月後の可能性も有るとか」

 「1か月かぁ・・・ チョッと厳しいけど何とかなるかなぁ。その為には色々購入する必要が有るけど、いいかな? センサーとかスマホとか」

 「センサー? スマホ?」

 「そう。例えば機体が傾いた時、ゴーグルの映像とかで判断してパイロットが修正してるでしょ? それが出来ないとなると、ドローン自身が機体の傾斜を監視しなきゃいけないわけ。あとは高度とか建物との距離とか。そういった諸々のデータを検出するためのセンサーだね」

 「なるほど。じゃぁスマホは?」

 「ドローンを制御するプログラムを6号機のホストコンピューターに実装して、遠隔で制御信号を送ることも可能なんだけど・・・ それだと電波状態が悪くて通信が途絶えた時にドローンが暴走すると思うんだ」

 「ふむふむ」

 「だからプログラムはドローン側に書き込んで、ローカルで処理すべきなんだ。その、書き込む媒体としてスマホが良いかなって思い付いたのさ。軽いし、防水タイプも有るしね。更にスマホなら傾斜や高度も検出できるからセンサーとしても使える。更にGPSも内蔵してるから位置の特定も可能で、俺の得意なJavaでコーディングできるのも好都合だね」

 「・・・・・・」

 「相手がスマホなら、夫々のIPアドレスに向けた信号を送信出来るから、4機を別個に統制することも可能だね。多分、シンプルなIP/TCP通信で充分だと思う。同じ仕様の別端末相手にマルチキャストするわけだから、クローンを作って個別通信させればいいよね」

 「・ ・ ・ ・」

 「あっ、Javaで組むから、iOSじゃなくAndroidね。つまりiPhoneじゃダメってこと・・・ 宗男兄さん、寝てるでしょ?」

 「んがっ、寝てませんよ!」宗男は涎の跡が残る顔を上げて抗議した。そんな宗男を無視して崇は続ける。

 「あの組長さんが、真昼間にそんなヤバいことするとも思えないから、当然、実行は夜なんだよね? だったらカメラは暗視カメラ的なヤツにしなきゃだね。でもそういうのって、お安くないんじゃないの?」

 ちょっと考えてから宗男は答えた。

 「トヨサンから金が入ったから、それくらいの出費は大丈夫でしょう。スマホの購入代とかは、後で恭子ちゃんに貰って下さい。暗視カメラの件も、チョッと心当たりがあるので聞いてみますよ」


 「はい、トヨサン精機、増田です」

 「もしもし、増田さんですか? MKエアサービスの宮川です」

 「おぉーっ! 宮川さんですか? ご無沙汰してます!」

 「どうもご無沙汰してます。その節はお世話になりました」

 「いえいえ、こちらこそ。で、今日はどんなご用件で?」

 「はい。前回の望遠カメラの時に頂いたカタログに『暗視カメラ』というのが載ってるんですが、その件についてご相談が・・・」

 「暗視カメラですかっ!? 宮川さんは面白いネタを持って来るから大好きだなぁ! いいでしょう、協力しましょう! 丁度いいカメラが有りますよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る