4-2
「つ、つまり、熊林さんが・・・ その・・・ 仕事をする際に・・・ 周辺の安全と言いますか・・・ み、見回りのような仕事を請け負えと・・・ 仰るわけですね?」
言葉を選びながら話すので、どうしてもつっかえてしまう。判りやすく言えば『ブツの受け渡しをするから、周辺を警戒して警察の突入を監視しろ』というわけである。それを聞いた熊林は「うむ」と頷いた。
二人が連れて来られたのは熊林組との看板を掲げる、いわゆる
「そ、その・・・ 熊林さんのお仕事とはいったい・・・」
宗男がそう言った瞬間、背後が殺気立った。宗男は、その殺気が立つ音が確かに聞こえたと思った。宗男のキンタマは自分を守るためか、先ほどから体内に引っ込んだまま出て来る気配は無い。
熊林は絞り出すような声で答えた。
「アンタらが、そんなことを気にする必要は無い」
迫力のある決定的な口ぶりに、宗男の背筋が凍り付いた。組事務所に入って以降、崇は焦点の合わない目をしてポカンと口を開け、そこから「あぁぁわぁぁわぁぁ」と、意味不明な呻き声を微かに上げ続けている。恐怖のあまり、完全に自我が崩壊してしまったようだ。
「お、お聞き苦しいのですが・・・ それって・・・ 法に触れる・・・」
そこまで言った瞬間、背後の若いチンピラが懐からドスを抜いた。
「てめぇ、このヤロッ! 組長になんて口の利き方をっ!」
今まさに飛びかかろうとするチンピラに、宗男は「ヒッ」と声にならない悲鳴を上げて、ソファの上で頭を抱えて丸くなった。しかし、そのドスは一向に宗男の身体に到達しない。ギュッとつむった眼を恐る恐る開くと、熊林が右手を掲げて子分たちを制していた。周りの年嵩の兄貴分たちに取り押さえられたチンピラは、その熊林の動きを見て動きを止めている。
身体の力を抜いた子分たちが最初のポジションに戻った瞬間、右側に居た兄貴分がチンピラの鳩尾に痛烈な一撃を加えた。チンピラは「グェッ」と呻き声を上げて崩れ落ちそうになったが、その兄貴分が襟首を掴んで崩れ落ちることを許さなかった。
「組長じゃねぇっ! 会長と呼べって、何回言ったら判るんだっ!」
「へ、へぇ、すいやせん・・・」チンピラはほうほうの体で応えた。
この一連の騒ぎの間も、崇は遠くを見る目で「あぁぁわぁぁわぁぁ」と、異世界だかお花畑の浮遊を続けているようだ。熊林は落ち着いた口調で続けた。
「アンタらのことは調べさせてもらった。トヨサン自動車の依頼は上手くやったようじゃな」
「えっ・・・ あ、あれは・・・」
「お互いに脛に傷が有る者同士、仲良くは出来んかのう?」
そこまで言われたら、仲良くしないわけにはいかないではないか。仕方なく宗男は言った。崇が当てにならないので、ここは自分がしっかりせねばならない。
「わ、判りました。それでは、その日時と場所を教えて頂けませんか?」
「それは出来ん」熊林はキッパリと言った。
「情報が漏れる可能性を、極力排除したいからの。判るじゃろ?」
「しかし事前情報が無ければ、こちらとしても準備のしようが無いのですが・・・」
熊林は考え込む素振りをした。
「その事前情報は、そんなに重要なのか?」
「はい。日時や場所は構いませんが、少なくとも現場の建屋の配置や広さなど、監視すべきエリアの情報が必要です。より完全な監視をお望みなら、一考頂いた方が良いかと。あと、準備にどれくらいの期間を使っても良いのか、ザックリとした目安だけでも」
その時、熊林の左後ろに居たMIBが、何やら耳打ちする仕草を見せた。熊林はその声を聴きながら、微かに頷いている。そして再び宗男に向き直った。
「良かろう。それでは、何らかの方法で現場の情報を、準備期間と共にお伝えいたそう。ただし、場所そのものは特定できんようにさせてもらう。その方がお互いのためじゃからな」
「お互いの? それが、私たちの為でもあると?」
「左様。もし事前に情報が漏れたりしたら、わしらはまず最初にアンタらを疑うことになる。そうなったら、アンタのあの美人の奥さんが悲しむじゃろうな」
それは勿論、恭子のことであろう。優し気な口調で、随分と物騒なことを言うものである。彼が言ったように、MKエアサービスのことは全て調べ上げているらしい。確かに熊林の提案通り、具体的な場所までは知らない方が身のためのと言えそうだ。
「承知しました。具体的な場所は、当日にでもお伝え頂ければ結構です」
後日、熊林から届いた速達には、ブツの受け渡し現場を複数の尺度で記した見取り図が入っていた。見たところ、どこかの港の倉庫街のようにも思えたし、工業団地のようにも思えた。ただ、それが何処であるかを詮索することは、熊林の言う通り自分たちの為にはならない。宗男はあえて考えることをせず、その見取り図から当日の作戦を練ることに集中した。それを横から覗いていた崇が発言する。
「結構、広いね、この現場」
組事務所では、自分は「あぁぁわぁぁわぁぁ」と夢の中を彷徨っていたくせに、安心した途端に口数が多くなる。現金な奴めと宗男は思ったが、それを口にすることは無かった。その代わり、この件に関しては崇に目一杯働いて貰うつもりでいた。
「思ったんですけど、複数のドローンを飛ばして、それらを無線ネットワークで繋ぐことは出来ませんかね?」
「複数? ネットワーク?」
「そう。崇くん、そっち系は得意ですよね?」
「無線ネットワークってのは比較的簡単にできるけど・・・ 複数ってのは・・・ 何機飛ばすつもりなの、お兄さん?」
「うぅ~ん、この広さだと・・・ 4機は欲しいかな」
「4機!? パイロットが二人しか居ないのに? じゃぁ、プロポは使わない自律飛行ってこと?」
「そう。こっちからは要所要所で色んなキューを送るだけで、後はドローンが勝手に判断する感じかな・・・ できます?」
「随分と簡単そうに言ってくれるなぁ。準備期間はどれくらい有るの?」
「親分が・・・ いや、会長が言うには最低でも1か月は準備に使えるそうです。場合によっては2か月後の可能性も有るとか」
「1か月かぁ・・・ チョッと厳しいけど何とかなるかなぁ。その為には色々購入する必要が有るけど、いいかな? センサーとかスマホとか」
「センサー? スマホ?」
「そう。例えば機体が傾いた時、ゴーグルの映像とかで判断してパイロットが修正してるでしょ? それが出来ないとなると、ドローン自身が機体の傾斜を監視しなきゃいけないわけ。あとは高度とか建物との距離とか。そういった諸々のデータを検出するためのセンサーだね」
「なるほど。じゃぁスマホは?」
「ドローンを制御するプログラムを6号機のホストコンピューターに実装して、遠隔で制御信号を送ることも可能なんだけど・・・ それだと電波状態が悪くて通信が途絶えた時にドローンが暴走すると思うんだ」
「ふむふむ」
「だからプログラムはドローン側に書き込んで、ローカルで処理すべきなんだ。その、書き込む媒体としてスマホが良いかなって思い付いたのさ。軽いし、防水タイプも有るしね。更にスマホなら傾斜や高度も検出できるからセンサーとしても使える。更にGPSも内蔵してるから位置の特定も可能で、俺の得意なJavaでコーディングできるのも好都合だね」
「・・・・・・」
「相手がスマホなら、夫々のIPアドレスに向けた信号を送信出来るから、4機を別個に統制することも可能だね。多分、シンプルなIP/TCP通信で充分だと思う。同じ仕様の別端末相手にマルチキャストするわけだから、クローンを作って個別通信させればいいよね」
「・ ・ ・ ・」
「あっ、Javaで組むから、iOSじゃなくAndroidね。つまりiPhoneじゃダメってこと・・・ 宗男兄さん、寝てるでしょ?」
「んがっ、寝てませんよ!」宗男は涎の跡が残る顔を上げて抗議した。そんな宗男を無視して崇は続ける。
「あの組長さんが、真昼間にそんなヤバいことするとも思えないから、当然、実行は夜なんだよね? だったらカメラは暗視カメラ的なヤツにしなきゃだね。でもそういうのって、お安くないんじゃないの?」
ちょっと考えてから宗男は答えた。
「トヨサンから金が入ったから、それくらいの出費は大丈夫でしょう。スマホの購入代とかは、後で恭子ちゃんに貰って下さい。暗視カメラの件も、チョッと心当たりがあるので聞いてみますよ」
「はい、トヨサン精機、増田です」
「もしもし、増田さんですか? MKエアサービスの宮川です」
「おぉーっ! 宮川さんですか? ご無沙汰してます!」
「どうもご無沙汰してます。その節はお世話になりました」
「いえいえ、こちらこそ。で、今日はどんなご用件で?」
「はい。前回の望遠カメラの時に頂いたカタログに『暗視カメラ』というのが載ってるんですが、その件についてご相談が・・・」
「暗視カメラですかっ!? 宮川さんは面白いネタを持って来るから大好きだなぁ! いいでしょう、協力しましょう! 丁度いいカメラが有りますよ」
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