第六章:それって職権濫用?
6-1
西村との会話の経緯を聞いた崇がスマホの向こうで飛びあがった。早速、その建設現場に探りを入れると言って電話を切ろうとする崇をなんとかなだめ、宗男と恭子が宮城入りするまで待てと伝える。崇はつまらなそうに「判った」と言って電話を切った。その建設現場の様子が判らないのに、焦って乗り込んで行っても良いことは無い。やはり現場を確認した後に、綿密な計画を立てるべきだろう。崇の勇み足で全てがオジャンになることは避けたかったのだが、本件に関して乗り気ではなかった崇が、どうして急にやる気になったのだろう? それが宗男の腑には落ちないのであった。
その日の夜中までには、宗男と恭子が石巻に到着し崇との合流を果たしたが、二人が到着するまでの間、崇は居ても立っても居られず例の建設現場の下見に行っていた。さすがに宗男の命令に背いてドローンを飛ばすことはしなかったが、通りすがりを装って写真を撮るくらいなら問題は無いだろう。崇はレンタカーをゆっくりと走らせながら、カメラレンズ部分だけを窓から出して、何枚もの写真をスマホに納めていた。崇が連泊するビジネスホテルに三人が揃った後、その写真をネタに作戦会議が始まった。
「ジジババしか居ない山村だったね、ここは。だから俺たちがウロチョロしてたら、スッゲェ目立つと思う。若者なんて一人も見なかったよ」
「う~ん・・・ それは面倒ですねぇ。背後の山に紛れてドローンを飛ばすことは出来そうですが、肝心の我々は何処に居たらいいんでしょうか?」
「やっぱり、後ろの山ん中に潜むしかないんじゃない?」
他人事のように言う恭子に、宗男が口を尖らせた。
「えぇーー・・・ 蛇とか苦手なんですよ~。あと、虫とかも」
情けない顔をする宗男に、崇が毅然とした態度を見せた。
「俺がやるよ! 虫でも蛇でも平気さ!」
宗男は目をパチクリさせた。
「そ、そうですか。それならお願いしちゃおうっかな・・・」
「あぁ! 任せてくれよ兄さん!」
「あ、はい・・・ よろしくお願いします・・・」
「どうしちゃったの、アンタ? そういうタイプじゃなかったでしょ?」恭子は困惑顔だ。
「だって、どう考えてもおかしいじゃん! こんな山ん中のごみ処理施設に東日本電力が絡むなんて、絶対に裏が有るよ!」
崇が熱く語りだした。その姿は、それまでのチャランポランな生き方からは想像もできないような熱の籠りようだ。宗男はその気迫に押されて、ただ「うん、うん」と頷き返すことしかできない。恭子は意味ありげな表情を湛え、あらぬ方向を向いていたが、崇の言葉は確実に彼女の胸に響いているようだ。
「あれは地震や津波なんかのせいじゃない。奴らの責任なんだ。考えてもみてよ。奴らのせいで、いまだに家に帰れない人たちが一杯居るんだよ。中には故郷を完全に捨てざるを得ない人たちだって居る。なのに、政府にも東日本電力にも、責任を取った人間が一人も居ないなんておかしいよ、絶対っ!」
勿論、崇の言うことには一理有るのは間違い無いし、宗男だって裏に何かが隠されている感触は持っている。しかし、それが今回の案件と、どうリンクしているかは判らない。むしろ崇の意見は ──少なくとも現時点では── ただの
「奴らは嘘しか付かない! 奴らが垂れ流す情報は、自分たちを守るためだけの嘘っぱちだ! 病気で苦しんでいる人に、『貴方は助かりますよ』という医者と、『貴方は助かりませんよ』という医者が居たら、どっちを信じると思う? 誰だって『助かる』と言ってくれる医者を信じるだろ? それと同じだよ。原発事故で苦しんでいる人の耳に心地よい嘘を並べているだけさ! その人たちがどうなろうと、知ったことじゃないのさっ!」
壁の薄いビジネスホテルで、持論を熱く展開する崇に宗男が言った。ひょっとしたら隣の部屋に筒抜けなのではなかろうか?
「崇くんの気持ちは判りました。でも、そんなに熱くならないで下さい。例の建設現場が近いから、関係者が宿泊している可能性だって否定できませんからね」
その言葉は、沸騰した崇の頭に冷や水をかけたように効果的だった。自分の行動のマズさに首をすくめた格好であったが、心の中に悶々とした思いをぶちまけたことで、崇は晴れ晴れとした気分を味わっていた。
「まっ、今日はこれくらいにしておこうよ。もう12時過ぎてるし。長旅で疲れたろ? 今夜はゆっくりして、明日また詳しい打ち合わせをしよう! 二人の部屋は確保してあるから。はい、これ鍵」
そう言って崇は二人を自分の部屋から追い出した。その際に、「一階の大浴場は中々いいよ。おやすみ」と言いながら部屋のドアを閉めた。追い出された二人は、仕方なく同じフロアの反対側に向かい、カードキーの紙ケースにマジック書きされた部屋番号の前に辿り着いた。当然だが崇は、部屋を一つしか押さえていない。だって彼は
ドアを開けた二人の前には、ビジネスホテルの色気の無いツインルームが広がっていた。二人はほんの一寸だけ息を飲んだが、変に意識をすると妙な感じになってしまいそうだ。なんとなくギクシャクした感じで恭子が先に口を開く。
「私、一階の大浴場に行ってこよっかな。宗男はどうする?」
「んん~っと・・・ 部屋でシャワー浴びるだけにしておきます。明日の準備もしておきたいし」
「あっ、そ。んじゃ、行ってくるね」
自分のバッグから着替えやら入浴セットを取り出すと、恭子はそう言い残して、さっさと出て行った。その後ろ姿を見送りながら宗男は思った。
「風呂上がりの恭子ちゃんって、めっちゃ奇麗なんだよな~」
宗男は手前側のシングルベッドにゴロンと寝転がり、文字通り大の字になって天井を見上げた。髪を上げた恭子のうなじが、風呂で火照ってホンノリと赤く染まっている姿を思い出した。その美しくてスベスベした肌にオイルを刷り込むのは、宗男だけに与えられた特権・・・ いや、宗男に押し付けられた義務である。その光景と共に、手に残る滑らかな曲線の感覚が呼び覚まされ、宗男の股間はパキンパキンになった。
宗男は慌ててその夢想を振り払い、先ほどの妙に興奮した様子の崇を思い出そうとした。どうしてあんなにのめり込んでいるのだろう? この件に関し、何か
「ハックションッ!」
宗男は自分のくしゃみで目を覚ました。目の前には見覚えの無い白い天井が有った。一瞬、自分が何処に居るのか判らなかったが、首を回すと部屋に備え付けのデスクに向かって、恭子が化粧をしている。背後のベッドで目を覚ました宗男の姿を鏡の中に確認すると、恭子は化粧を続けながら言った。
「起きた、宗男?」
直ぐに昨日の記憶が戻ってきた。崇の部屋で軽く打ち合わせをした後、この部屋にやってきてベッドにゴロンとしたまでは覚えている。その時、恭子は一階の大浴場に行くと言って出て行ったはずだ。
宗男はまだ半分寝ぼけた頭で応えた。
「おはよう、恭子ちゃん」
どうやらあの後、自分はシャワーも浴びずに眠ってしまったようだ。東京から宮城まで、あの小さな6号機を運転した来たのである。疲れて当然だろう。
「ゴメン、つい眠っちゃったみたいです」
「あはは。大浴場から戻ったら、宗男が大の字になって眠ってたから。起こすの可哀想だと思って、そのままにしちゃった」
だったら毛布ぐらい掛けてくれてもいいのに、と思ったが言える訳が無い。宗男は洟をすすり上げながら目を擦って立ち上がると、冷蔵庫を開けてサービスの無料天然水のペットボトルを取り上げた。そして栓を開け、それをグビグビと飲みながら恭子の方を見ると、彼女も鏡を通して宗男を見ていた。宗男は半分ほど残ったペットボトルにキャップをすると、先ほどまで寝ていた自分のベッドに、ドッカと腰を下ろした。
「ねぇ、恭子ちゃん・・・」
「ん? 何?」
恭子は平静を装うような感じで、あえて化粧に集中している振りをしていた。宗男が何を言い出すのか、それを待っているようにも、何かを期待しているようにも、あるいはそれを警戒しているようにも見えた。
「崇くん・・・ どうして今回の件で、あんなに前のめりなのかな? 彼の過去に何か有ったんですか? 何かのめり込ませるような出来事が有ったとか?」
恭子は化粧をする手を止め、少し肩を落とした。それは、宗男の口から出た言葉が、彼女の期待していたものとは異なったからなのだろうか? それとも、何か言い難いことを尋ねてしまったからなのだろうか? 宗男には判らなかったが、今、恭子の頭の中では、いろんなことが渦巻いていることだけは判った。宗男は恭子の口が開くのを待った。
「父親だと思う」
「父親?」
「そう。私たちの父親の存在が、崇をこの件に駆り立てているんだと思う」
「ち、チョッとよく判らないんですが・・・ もう少し具体的に教えて貰えますか? もし言いたくないようなことなら、もちろん無理にとは言いませんが・・・」
恭子はしばらく考えたが、パッと明るい顔を作って振り返ると、宗男に向かって言った。
「ゴメン、ちょっと込み入った話だから、もう少し待って。取りあえず下のビュッフェで朝ごはん食べない?」
「は、はい・・・ 判りました」宗男は仕方なく、そう答えた。
「大丈夫、心配しないで。直ぐに全部話すから」
恭子は宗男に向かってウィンクをした。
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