3-5

 宗男の操るドローンに搭載されたトヨサン精機製の小型カメラは、遠方を走る妙な塗装を施された車を捉えた。大きなオーバルコースを高速で周回しているらしく、ドローンの近くを横切る場合も有るのだが、その時は速度が速過ぎて鮮明な画像を得ることは出来ない。代わりに遠くであればカメラで追うことも可能であり、トヨサン精機のカメラの本領が発揮されていた。

 コース側から見れば、ドローンは背後の森に同化している筈である。そのカモフラージュを完璧にするために、宗男はドローンに緑系の迷彩を施し、容易には発見できないようになっている。高く飛び過ぎて、森より高い位置に出なければ、そう簡単には見つからない・・・ と思いたい。宗男は胃の痛くなるような思いで、例の開発車両を追った。宗男が装着するVRゴーグルと6号機のモニターには、高速走行試験を続ける開発車両が映し出されており、その画像は同時に、パソコンの外付けHDDにも記録されている。

 運転席い居た恭子が、シートの間から荷室に入ってきた。

 「もうそろそろ、いいんじゃないの? 時間かけるとヤバイって」

 「うん、もうちょっとだけ。車の移動速度とドローンの首振り速度が、どうしてもピッタリと合わせられなくて・・・」

 その時、カメラの映像がチョッとだけ振れた。その一瞬にガレージ付近が映り込んだ映像を恭子は見逃さなかった。ゴーグルを着けた宗男は、ドローンの操作に集中していて、それに気が付かなかったのだ。

 「宗男! チョッと右に振ってみて!」

 「えっ? 何?」

 「いいから早くっ!」

 恭子に言われるままドローンを右に振る宗男。その映像をモニターで見ながら、恭子が言う。

 「もう少し右・・・ 右・・・ チョッと手前・・・ そう! そこっ!」

 そこには、ガレージ前に三人ほどの男が集まり、こちらを指差して何かを言っている。かなり真剣な面持ちで、大声を上げているようにも見えた。

 「マズいよ宗男! 見つかった!」

 宗男は直ぐにドローンの回収を開始した。いやな汗が溢れ出した。恭子は運転席に飛び移ると、シートベルトを締めながら叫んだ。

 「早くして宗男っ! ズラかるよっ!」

 例の荷室上部の発着場にドローンが到着した。それを取り込んだ宗男は、助手席に転がるようにしてやって来た。

 「オッケー、恭子ちゃん! 車出して!」

 「言われなくたって出すわよっ! シートベルトしてっ!」


 丁度その時、ニッタ・テストコースの守衛が車に乗って、コース西側の森に到達した。その後ろからは、テストコースの従業員だろうか、別な車が続いていた。そして一人が叫んだ。

 「居たっ! あそこだっ!」

 「そっちは奴の車の前に出て、進路を塞いでっ!」

 二台が並走状態になった時、助手席にいたリーダー格が守衛のの車に向かって叫んでいた。そして自分の車の運転手に向かっても声を張り上げた。。

 「こっちは奴の後ろに着けて、動けないようにしろっ!」

 森の中を土煙を上げて疾走する二台の車は、器用に大木を避けながらその車に迫った。そして「ザザザザザッ」という音と共に守衛車両がが不審車両の前に急停車し、その移動を阻止した。もう一台もテールスライドさせながら後ろに着け、不審車両は完璧に前後を挟まれて身動きが取れなくなってしまった。

 後ろに着けた車から飛び降りた男が、運転席に駆け寄った。そしていきなり、乱暴にドアを開けると、助手席側に座っていた不審者に向かって声を荒げた。

 「お前、そこで何やってるっ!?」

 その間に他の連中も車を降りて、その不審車両を取り囲んだ。中に居た男はポカンとした様子で、ニッタ社員の顔を見上げ、そしてゆっくりとした口調で言った。

 「えっとぉ、ドローンを飛ばしてました~」

 ニッタ社員は顔色を失って男の胸ぐらを掴み、怒鳴り散らした。

 「ドローンを飛ばして何をやっていたのかを聞いてるんだっ!」

 不審車両の男は、相変わらずノラリクラリと答えた。

 「えっとぉ、この木の上にオオタカが巣を作ってるんですよぉ。僕はドローンで、その様子を撮影していたんですよぉ」

 人を馬鹿にしたような口調が、ニッタ社員にはフザケているとしか思えなかった。とにかく腹立たしい喋り方である。コイツの前に居たら、お釈迦様だって鬼の形相になるに違いなかった。

 「嘘をつけ、この野郎! 証拠を見せてみろ、証拠をっ!」

 「証拠ですかぁ? いぃですよぉ」

 ダッシュボードに置いたノートパソコンをニッタ社員の方に向けると、男は一つの動画ファイルをクリックした。直ぐにMediaPlayerが立ち上がり、動画ファイルの再生が始まると、そこには巣に残された一羽の雛が映し出された。雛はドローンを怖がる様子も無く、カメラに向かって声を上げているようだ。

 「ほらぁ、かわいぃでしょ~?」

 ニッタ社員はグッと息を飲み込んだ。随分と高圧的な態度に出てしまったが、ひょっとしたらこの男は、本当に鳥を観察していたのかもしれない。

 「じゃ、じゃぁ、その撮影日時を確認させてくれ」

 「もちろん、ついさっきですよぉ~。ほらぁ」

 ニッタ社員は腕時計を確認しながら、ディスプレイを覗き込んだ。そこにリストアップされた動画ファイルの撮影日時は、確かにここ数時間のもので、一番新しいのは10分ほど前の物であった。どう見ても、自分たちの分が悪そうだ。それでも諦め悪く、高圧的な態度を崩すことは無かった。

 「ここはニッタ技研のテストコースだと知ってるのか? この近くでドローンなんかを飛ばされては、こっちが迷惑だ」

 「でもぉ・・・」

 男はニッタ社員の顔を覗き込んだ。

 「ニッタの敷地の上空には入ってませんよぉ。僕はあくまで、この森でドローンを飛ばしていただけですからぁ。それって法に触れるんですかねぇ?」

 男は更にネチネチとニッタ社員の顔を覗き込んだ。バツが悪そうに顔を背けたニッタ社員は、声のトーンを落とした。

 「い、いや・・・ 法に触れるわけでは・・・」

 「でもアナタ、随分と乱暴な感じでしたよぉ。お巡りさんに言っちゃおうかなぁ」

 「あっ、いや、それはご、ご勘弁を。私どもは社の機密保持の為に、近隣住民の皆様にご協力を頂きたいと申し上げているわけでありまして・・・」

 どう考えても申し上げて・・・・・などいないが、それ以上、話を大きくする理由も見当たらないので、男はニコリと笑って敬礼をするポーズを取った。

 「了解しましたぁ。雛の存在は確認できたので、もうココでは飛ばしませ~ん」

 ニッタ社員も、話が丸く収まりそうで胸を撫で下ろしながら敬礼を返した。

 「ご協力、感謝いたします! では、お気をつけてお引き取り下さい!」


 国道4号に出て南下を始めた6号機のステアリングを握りながら、恭子はサイドミラーを覗き込んだ。宗男も身体を倒して、助手席側のサイドミラーで後ろを確認した。

 「どうやら追っては来ないみたいね」と言う恭子に宗男が応えた。

 「そのようですね、良かった。でも・・・」

 宗男は心配そうに恭子の顔を見たが、恭子は前を見ながら運転を続けていた。それでも宗男の話は聞いているようだ。

 「彼は大丈夫でしょうか?」

 「あぁ、崇のこと? 弟なら大丈夫だよ。奴はあれでも、結構、機転が利くタイプだから」

 「なら良いんですが・・・」

 宗男はなおも心配そうに、窓の外を眺めた。6号機は東北道上り方面へと続くインターチェンジに、ゆっくりと吸い込まれていった。


*****


 「かんぱーい!」

 「カンパーーーイ!」

 二人の持つお猪口が軽くぶつかり、「コツン」という音が響いた。今日は恭子が奮発して、大吟醸の四合瓶と刺身の盛り合わせを買ってきたのだ。トヨサン案件の成功を祝して、二人でささやかな祝杯である。

 「まさか、満額の一千万払うと思わなかったね」

 「ですよねー。頑張った甲斐が有りました」

 祝賀ムードに、宗男の口もいつもより軽めだ。

 「これもみんな、崇くんのお陰です。本当に助かった」

 それを聞いた恭子の顔が、急に真面目になった。何かを思い出したという感じである。ビックリした宗男が尋ねる。

 「ん? どうしたんですか、恭子ちゃん?」

 「う、うん・・・ 宗男に言わなきゃいけないことが有るんだ」

 「言わなきゃいけないこと?」

 「そう。 実は・・・」

 その時、玄関のチャイムが鳴った。宗男が恭子の顔を見ると、恭子は顔を背けた。その「言わなきゃいけないこと」と、この来客が関係有りということか。宗男が立ち上がって玄関に向かい、そしてチェーンを外してドアを開けた。

 「お兄さん! お邪魔しまーす!」

 その男は、宗男の反応も待たずに、ズカズカと上がり込んだ。

 「あっ、えっ・・・ た、崇くん?」

 その問いには答えず崇は、リビングに居る恭子を認めると「よっ!」と右手を上げた。それを見た恭子も「オゥ」と、少し気まずそうに右手を上げた。そして卓袱台の上を見た崇が大声を上げた。

 「ウッヒョ~! 刺身に大吟醸か! こいつはいいやっ!」

 そう言って勝手に座り込むと、恭子の使っていたお猪口を奪い取って一口飲む。

 「くぅ~、たまんねぇ~!」

 玄関から戻ってきた宗男が、躊躇いがちに声を掛ける。

 「あの~、崇くん?」

 「あっ、宗男兄さん。今日からよろしくお願いします。俺、毛布貸して貰えれば玄関ででも寝れますから」

 「えっ? えぇーーっ!?」

 訳が判らず、宗男が恭子の方を見ると、片手で拝むようなポーズで「ご・め・ん」と口が動いた。

 「えぇーーーーーーっ!?」

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