8-4

 増田の作った試作品は、極めて良好な操作性を示した。その姿はまるで、海中を泳ぐエイのようで、宗男はそれをスティングレイと名付けた。その名前の由来は子供の頃に見た米国の潜水艦モノのテレビドラマから来るのもであったが、恭子にも崇にも判って貰えないのが物悲しい。唯一、実物のエイと異なるのは、その尻尾がダランとぶら下がっていることだが、水中ではなく空中を飛ぶのだからそれは仕方あるまい。当然ながら、その尻尾こそがスティングレイの肝、つまり小型マイクなのだ。

 宗男が操作するスティングレイは、いつものように結花のアパートを軽々と飛び越え、裏側に回った。いつもと違うのは、そこでホバリングするのではなく、結花の部屋の上、つまり屋根の上に着地したことだ。これによって、飛び続けてバッテリーを消耗することを避けることが可能だ。勿論、例の尻尾は屋根から垂れ下がり、結花の部屋の窓の近くにぶら下がることになる。非常にシンプルな構成ながら、それ故に軽く、なおかつ信頼性に富む機体を作り込むことが出来たのだ。

 6号機内では三人がヘッドフォンを付け、結花の部屋から漏れ聞こえる音に集中していた。若干、籠った音質で細かな所が聞き取りづらい時も有るが、会話の内容はおおよそ把握できる。今は結花と南川が、テレビのバラエティ番組を見ながら大笑いしているようだ。時折、結花が話しかけ、それに応える南川の声も聞こえる。その会話を聞く限り、南川が結花を貶めようとしている様子は窺えず、むしろラブラブの恋人同士といった様子だ。前回、映像で見た南川の、結花を見る不気味な視線とのギャップが大きく、宗男と恭子はどちらが本当の姿なのか判らなくなりそうだった。


 暫くすると南川が言った。どうやら「タバコを買ってきてくれ」と言っているようだ。結花の方も、「うん、判った。ちょっと行ってくる」と返したように聞こえた。その後、玄関で靴を履くようなゴソゴソする音が聞こえ、続いてドアが開閉される音が聞こえた。おそらく結花が、近くのコンビニに向かったのだろう。当然ながら、部屋には南川だけが残され、会話は途絶えた。聞こえるのはテレビの音声のみで、今は天気予報の時間のようだった。

 すると、いきなり南川が喋り始めた。独り言? 6号機の三人は顔を見合わせた。両手をヘッドフォンに添え、グィと耳に押し付けて一言も漏らさないように耳をそばだてる三人。どうやら南川は、携帯で誰かと会話しているようだ。


 ”あぁ、俺。どう? そっちの方は・・・”

 ”うん・・・ うん・・・ そう? そうなんだ? 結構、上手くいったんだ?”

 ”まぁな。あの娘、イケイケだったもんな。りたくて仕方ねぇって感じだったし。アッハッハ・・・ そりゃぁいいかも! それ、俺にも見せてくれよな。アッハッハッ”

 ”こっち? バッチリよ。あの女、可愛い顔してんのに、すっげぇヤリマンなんだぜ! いい声で鳴くぜ。ありゃぁ、かなり遊んでるよ。あの超絶テクニック、早くお前にも味あわせてやりてぇよ”

 ”うん・・・ うん・・・ あぁ、判ってるって。明日連れて行くから、例の場所確保しとけよ。あぁ・・・ 忠則たちにも声掛けとけよな”

 ”ゴム!? 要らねぇよ、そんなもん! やりっ放しでいいって!”

 ”うん・・・ うん・・・ オッケー。じゃぁな”


 三人は再び顔を見合わせた。結花には、もう時間が残されていないことは明白であった。このままでは明日、結花が下劣な男たちに回されて・・・・しまうことは確実だ。結花の自虐的な精神状態を考えれば、むしろその輪姦を自ら受け入れてしまう可能性だって有る。もう猶予は無い。どうすればいい?

 思い切って乗り込むか? いや、そんなことをしたって結花の行動を変えられる見込みは無い。それに、そんなことをしたら、こっちが警察のご厄介になってしまう。いっそのこと熊林に連絡するか? いや、それもダメだ。サークルの会合・・にヤクザどもが乗り込んで行けば、一時的には結花の危機を回避することは可能だろうが、熊林と結花の確執は修正不可能なところにまで行ってしまうだろう。

 そうこうしているうちに結花がコンビニから戻ってきた。南川は既に、偽りの仮面をその顔に張り付けている。ドローンのマイクが拾う二人の会話は、仲睦まじい恋人同士のそれだ。

 「ただいまー、ミーくん。ついでにビールも買ってきたよー」

 「おー! ありがとう、結花ちゃん。気が利くねぇ~。きっと、いい奥さんになれるよぉ」

 「やだぁ、もぉ~・・・」

 そしてガサゴソという物音が聞こえたかと思うと、暫く沈黙が続いた。しかし耳を凝らせば、結花の甘えるような微かなため息に混じって、唇を吸うような湿った音が聞こえる。おそらく南川が結花を抱き寄せ、口づけを交わしているのだろう。

 「明日は一緒に出掛けよう。サークルの友達に紹介するよ」

 南川の囁くような声が聞こえた。すると結花が元気良く反応した。

 「えぇっ! ホント!? 嬉しいっ。やっと連れて行ってくれるんだね!」

 「あぁ、一度見てみたいって言ってたよね?」

 「うん! やったぁーっ! んとね、ミーくんがね・・・」

 宗男はパチリと受信機のスイッチを切った。辛くて聞き続けることが出来なかった。このまま結花が傷付くのを、ただ黙って見守るしか無いというのか? 重苦しい沈黙が6号機の中に充満して、呼吸をするのも嫌になる様な痛苦が三人の胸を締め付けていた。

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