1-2

 突然、宗男のVRゴーグルに裸で絡み合う男女が映し出された。思わず声を上げる。

 「おぉっ! 待ってましたっ!」

 スラリとした艶めかしい両脚の間に分け入った男の汚らしい尻が、嫌らしく上下運動を繰り返している。二人は窓の方に足を向けて交わっており、窓の外から覗くドローンに気付く様子は無い。宗男は身を乗り出した。と言ってもVRゴーグルを通して見ているので、身を乗り出しても見える景色には何の変化も無いのだが。

 30歳台と思しき男は筋肉質で、こんがりと日に焼けた身体と短めに刈り上げた頭が精力的な印象を与えた。右の二の腕を取り巻く様にタトゥーが彫られ、一見して堅気ではないことが知れたが、それは典型的なヤクザの彫り物ではなく、アメリカの若者が好む様な現代的なものだ。おそらくチンピラとかヤンキーと呼ばれる類の男であろう。

 「うひょひょ~。こりゃたまりませんな~」宗男は小躍りした。

 同様に女の方も、ビキニの跡がクッキリと浮かんだ褐色の肌が印象的で、いかにも遊んでいるバカ女といった様子だ。ネイルも派手めで、「家庭的」とか「お嬢様」といった言葉の対極に居る様なタイプだろう。金髪に近いところまで脱色してカールした髪はポニーテールに束ねられ、宗男の好みとは言えなかったがスタイルは良いらしい。いや。「良い」ではなく「抜群」と言うべきか。歳は20台後半といったところで、女性にしたら背の高い方かもしれない。適度に付いた肉が女性特有の柔らかさを主張し、身体の線を強調するタイトな服でも着ていれば、街ですれ違う男たちの殆どが振り返るのは間違い無い。いずれにせよ、実社会においては宗男と関わり合うはずの無い人種だろう。

 その秘められた光景にかぶりつく宗男が唾を飲み込んだ瞬間、何やら奇妙な違和感に襲われた。何だろう? 何かのクイズ番組の様だ。


 『この絵の中に、おかしな部分が有ります。それは一体何処でしょうか?』


 何かが心の中でに引っ掛かっているのに、それが何かが判らないもどかしさ。宗男はVRゴーグルを着けたまま、6号機の中でもんどりうった。

 「何だ? 何処だ? どれだ?」

 砂漠に彷徨う旅人が眼前に広がるオアシスの幻影に苦しめられるように、その両腕を空に伸ばしたまま悶絶する宗男。「うぉぉぉっ!」と雄叫びのような苦痛に満ちた声を上げると、遂にその違和感の正体に行きついた! 男にのしかかられた女が、男の肩越しにこちらを凝視しているのだ! 宗男は戦慄を覚えた。女はドローンの存在に気付いている!

 いやいや、そんな筈は無い。このドローンは本来なら白い機体だが、闇夜に溶け込むように真っ黒に塗装されているし、点灯するLEDも黒いガムテープで塞がれている。モーターだって静寂性の高い物に取り換えてあるし、窓ガラスも閉じられているではないか。こんな状況で、窓の外の暗闇に浮かぶ黒いドローンを、明るい部屋の中から視認することなど不可能に決まっている。

 だが、女は間違いなく、こちらを凝視していた。宗男が言葉を失った瞬間、更に衝撃的な事態が宗男を襲った。女がドローンに向かって何か言葉を口にしたのだ。いや、おそらく声は出さずに、一文字一文字を区切る様にゆっくりと口だけを動かしたのだ。

 『△・・・◎・・・※・・・$』

 宗男はVRゴーグルの中で、その目をパチクリさせた。もしドローンにも目が付いていたならば、同じようにパチクリしていたであろう。宗男は一旦、ドローンを窓から遠ざけた。そして、たった今見た映像を、繰り返し頭の中で再生した。女の顔の部分を拡大して。

 なんだか鼓動が速い。何か重要なことに、自分が気付いてしまいそうな予感がする。それを自分は求めているのか? 多分、求めてはいないのだろう。だが、抗い切れない奔流に飲み込まれ、図らずもそれを手に取ってしまいそうだ。手を引っ込めるなら今しか無い。それを掴んでしまったら、きっと後悔するような気もする。でも、どうしてもその手を引っ込めることが出来ない。好奇心? 違う。宗男は、自分の過去に好奇心に由来する行動をとった記憶は無かった。それは単なる惰性でしかないのだ。その惰性という消極的な行動によって、今までの自分は何度となく痛い目に遭ってきたではないか。それなのに今、自分は再び惰性の波に自らの意志で飲まれようとしている。進歩の無い奴め。宗男は自分の愚かさを呪った。

 あの口の動きからすると・・・

 『た・す・け・て』

 「!!!」

 宗男は息を飲んだ。何、何、「助けて」だって? いったいどういうことだ? 何かの見間違いだろうか? いや、確かに女は「助けて」と言っていた。間違いない!

 宗男は再度、ドローンを窓に寄せた。そして部屋の中を覗き込むと、今度は二人は窓に対し横向きとなって事に励んでいた。四つん這いになった女の括れた腰に両手を添えた男は、後からその身体に自分のモノを突き立てるのにご執心だ。うつろな目をしたまま天井辺りを見上げながら激しく腰を前後させていて、パンパンパンという音が聞こえてきそうだ。女は四つん這いのまま、その突き上げを受け止めていたが、その顔だけは窓の方を見据えていた。そして再び、その口が動いた。

 『た・す・け・て』

 更に宗男を驚かせたのは、女の首に大型犬に使われるような首輪が巻かれていることだ。その首輪から伸びる金属チェーンは、枕元に有るベッドのフレームにガッチリと繋がれているではないか!

 宗男はドローンを引き上げた。何かとんでもないことが、あの部屋で起こっている。でも関わり合いになるのは得策ではない。

 「宗男。お前にそんな甲斐性が有ると思っているのか?」と自分自身に問うた。

 そんな物、有るわけがない。自分の手に負える案件ではないことは明白だし、厄介事に巻き込まれるのは御免だ。何も見なかったことにすればいいだけの話ではないか。これ以上は無理に決まっている。宗男はドローンを回収したが、6号機上部の発着ポートを閉じる際に、いつもの「タッタララ~ン」と歌うことすら忘れていた。宗男は無言で車を自分のアパートへと走らせた。頭の中では、先ほど見た女の艶やかな肢体が蠢いていた。今晩はとても眠れそうになかった。


 宗男は女の股間に自分を押し込み、忙しなく腰を動かしていた。その動きに合わせて、女の豊かな両の乳房が揺れて、より一層、宗男を興奮させた。さらに激しく突き上げると、女の喉から漏れる声がトーンを上げ、頂きが近いことを告げる。宗男は必死に突き続けた。女が昇り詰めるまでは、なんとしても突き続けねばならない。それが男に課せられた義務なのだ。宗男は自分もつられてイってしまわない様、憎き森課長の顔を思い浮かべた。あのいけ好かない野郎の顔を思い浮かべれば、おいそれとイクことは無いはずだ。宗男は声を上げて女を攻め立てた。

 「うぉぉぉーっ!」

 今や女は絶頂の間際まで推したてられ、絶叫に近い声を上げていた。

 「あぁぁぁーっ!」

 そして遂に女が昇り切った瞬間、ガバっと身体を起こして宗男の首を絞めた。その顔は森だった。

 「うぁぁぁぁっ!」

 宗男は思わず悲鳴を上げた。気が付くと、宗男の肩に手を置いた森が、ネチネチした笑顔で覗き込んでいた。

 「おはよう、宮川君。仕事中に居眠りするなんて、随分と結構なご身分だね」

 「へっ? あ、あの・・・」

 すぅーっと息を吸い込んで、森が絶叫した。

 「寝ぼけてないで、顔洗って来いっ!」森の怒りは、その程度では治まらなかった。

 「お前みたいなヤツを『ただ飯喰らい』って言うんだ! 『寄生虫』って言うんだ! 判ってんのかっ! このグズっ!」

 「は、はいっ!」

 急いで椅子から立ち上がった拍子に、デスクに磁石で取り付けてあったゴミ箱を宗男が蹴飛ばした。ガランがランと大きな音が事務所中に響き渡り、足元にゴミが散乱した。宗男は急いでそれをかき集める。森はそれを腕組みしたまま見下ろしていたが、「チッ」と舌を鳴らして踵を返し、自分のデスクに戻って行った。

 ごみ回収を終えた宗男は、周りの同僚の視線を避けるように、ヘコヘコと洗面所に向かったが、あまりにも生々しい夢のせいで彼の股間はまだパキンパキンの状態だ。そのままでは歩きにくいので、尻を突き出し腰をかがめながら机の間を縫って歩いてゆくと、それに気付いた女性社員たちから侮蔑に満ちた嘲笑が投げかけられた。宗男はオシッコが漏れそうな小学生の様な風情で、事務所から出ていった。


 トイレの流しで眼鏡を外し、水道の水でバシャバシャと顔を洗った。鼻くそだらけの丸まったハンカチで顔の雫を拭い取ると、目の前の鏡の中から、どうしようもなくイケてない中年男が疲れた目でこちらを見返していた。どう贔屓目で見ても出来る男・・・・ではない。

 「お前に何ができると言うんだ?」

 それは自分が一番判っている。宗男が自分の弛んだ頬を引っ張ると、鏡の中の男は、更に不細工な顔を返して来た。アッカンベーをしてみた。アッカンベーが返って来た。

 「今夜、もう一度行ってみよう」

 宗男はそう呟くと、両手で自分の頬をパンパンと打った。丁度その時、個室から出て来た後輩社員が宗男を認めた。そして迷惑そうな顔を隠そうともせず、邪魔臭そうに言った。

 「宮川さん、そこ使わせてもらっても良いっすか?」

 我に返った宗男は、そそくさと場所を譲った。

 「あっ、すいません。ど、どうぞ・・・」

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