4-3

 そこは、少しひしゃげた台形をした敷地で、港のすぐ隣に併設する倉庫街であった。場所は横浜。本牧ふ頭にほど近い立地は都心からのアクセスも良く、近くには民家も無いという、何かの不法取引にはもってこいの場所だ。午後10時に、いきなり熊林の手下 ──おそらく、彼の後ろに控えていたMIBの内の一人だと思われる── から連絡を受け、6号機を飛ばしてここに駆け付けた。ひしゃげた台形の一番短い一辺と海との間に、事務所のような小さなプレハブ小屋が有る。その存在は、熊林から送られてきた資料から事前に確認しており、宗男は迷うことなくその事務所と隣接する倉庫の隙間に6号機を滑り込ませた。ヘッドライトは消すが、機器への電源供給を確保するためエンジンは切らない。発電機を使うという手も有るが、いかに静寂タイプと言えども発電機が上げる騒音はかなりのものだ。特に今回のようなヤバイ・・・仕事の場合は、騒音によって自分の位置を特定されるのも嫌だし、周辺の状況が判りにくくなるのも避けたい。

 荷室内のパソコンやモニターの電源を入れながら、恭子が小さな声で言った。

 「準備オッケー」

 崇も通信機器を立ち上げながら続いた。

 「こっちもOKです、お兄さん」

 二人の合図を待っていた宗男は、キーボードを操作して1A[Enter]とキューを打ち込んだ。すると4機準備されたドローンの内の一機がフワリと上昇し、予め指定された座標に向けて飛び去った。勿論、その座標は搭載されたAndroidスマホのGPS座標、つまり緯度と経度によって規定されている。熊林の手下から具体的な場所の開示を受けた後、現地へと向かう6号機の中で、例のひしゃげた台形の四つの頂点の緯度、経度を急いで割り出し、各ドローンのスマホに崇が書き込んだのだ。

 宗男は続けて2A[Enter]、3A[Enter]、4A[Enter]と打ち込んだ。結果、4機のドロンは四方に散らばる形となった。このコマンドはいたってシンプルに構成されている。つまり、最初の数字1~4は、4機あるドローンの個体を識別し、後ろのアルファベットは「何をするのか」を示すコマンドである。例えばAは、『所定の待ち受け位置につけ』という命令である。従って1A[Enter]とは、第1機に向けて送られた、位置に付けというコマンドとなる。ちなみに1Z[Enter]と打ち込めば、第1機に対して6号機の発着ポートに戻れという意味になる。

 4機のドローンが待ち受け場に着くと、トヨサン精機の新技術が搭載されたそれぞれの暗視カメラが辺りを明るく照らし出した。と言ってもそこに色味は無く、モノトーンの世界だ。かつての感光フィルムで言うと、白黒写真のネガのように見える。6号機荷室に所狭しと装着されたモニターには、ひしゃげた台形の四つの頂点が映し出されているが、当然ながら人間の網膜を通して見た場合には真っ暗な倉庫街としか映らない。全ての拠点が問題無く監視できていることを確認した宗男が、次いで1B[Enter]、2B[Enter]、3B[Enter]、4B[Enter]と打ち込むと、4機のドローンはゆっくりと向きを変え、コマンドB、つまり約120度の範囲をまんべんなく見渡せるような、往復の首振りモードに入った。これが監視中の基本モードで、台形の四頂点を広範囲にウォッチする。

 4機が順調に動作を開始したところで宗男はスマホを手に取り、熊林に電話を掛けた。正確には、例のMIBにである。

 「準備OKです」緊張した面持ちの宗男の言葉に対し、MIBは事務的に答えた。

 「了解した」


 ドローンは主に敷地の外側に視線を向けているので、その背後、つまり敷地の内部では何が行われているのかを見ることは出来ない。おそらく熊林の一派が、取引相手の到着を待っているといったところだろう。6号機の荷室では、宗男、崇、そして恭子がモニターに釘付けとなって、外部から接近する全ての動きに目を凝らしていた。すると恭子が、一つのモニターを指差して小さな声を上げた。

 「第3機が何か捉えたみたい」

 宗男と崇は、第3機の送って来る映像を映すモニターにかぶり付いた。首振りモード中のドローンから送られてくる映像は、当たり前だが左右に流れて行ったり来たりしている。そこで宗男は3Y[Enter]とキューを送り、直ぐさまVRゴーグルを装着した。このYモードはローカルのコントローラー、つまり崇が自律飛行プログラムを書き込んだスマホの制御に、宗男の持つプロポからの遠隔操作が割り込みを行い、一時的に手動制御下に入ることを意味した。これにより、他の3機は自律飛行による監視モードを続け、異常を感知した第3機だけが宗男のプロポ制御によるマニュアル飛行を開始した。

 「恭子ちゃん、組長に電話して」

 「オッケー、判った」

 恭子が宗男の言葉を、電話越しに伝えている。

 「南東から車が接近中・・・ 色は判らない。セダンタイプが2台・・・ 警察車両かどうかは不明・・・」

 恭子が通話相手の言葉を伝えた。

 「車種は何かって聞いてる」

 「車種は・・・ 1台はベンツのCクラス。もう一台は・・・ レクサスかな」

 その言葉をスマホに伝えた恭子が、相手の反応を宗男に返す。

 「それなら警察じゃなく、取引相手だろうって」

 暫くすると、その2台の車両は第3機の右下を通過してドローン背後へと進み、カメラの視野から外れていった。宗男はドローンを振り返らせて背後の倉庫街へと消えて行く2台の後ろ姿を見送ると、VRゴーグルを外して3A[Enter]を送信した。その後、自律飛行に戻った第3機が待ち受け位置に戻ったことを確認してから、再び3B[Enter]によって首振りモードへと復帰させた。今頃は敷地内のどこかで、熊林たちが来客と密会していることだろう。三人は申し合わせたように、「ふぅ~」と長い息を吐いた。この緊張はMKエアサービスが始まって以来のものだった。

 だが、ここからがいわゆる本番だ。この取引を察知した警察が、どこかで突入の機会をうかがっているかもしれない。三人は目を皿のようにしてモニターに見入った。外からの光が入り込まない6号機の荷室内に、モニター画面のほの暗い明りに照らし出された三人の顔がボンヤリと浮かび上がっていた。

 「ところでさぁ、宗男・・・ この仕事って、ギャラは幾らなの?」恭子がモニター画面から目を離さず話しかけた。

 「それ聞くの、忘れてました」 宗男も同じく、モニター画面を見詰めながら答えた。

 「何やってんのよ、バカ」

 「だって、そんなこと聞ける雰囲気じゃなかったんですって」

 その会話に崇が割り込んできた。

 「それよりもさ、もっと大事なこと聞き忘れてない?」

 「もっと大事なこと?」

 宗男と恭子は崇の方を見た。崇はモニターを見続けながら言った。

 「もし、この仕事に失敗したら、どんな落とし前・・・が待ってるんだろう・・・」

 6号機の荷室内に沈黙が降りてきた。三人は何も言わずにモニター監視に戻った。誰もが不吉な想像をし、それを頭から振り払おうと監視作業に没頭しようとした。だが、抗いようのない恐怖に打ち勝てる人間など、そう多くはない。たまらず宗男が声を上げた。

 「やっぱり、そうなったら・・・」

 「私は嫌だからね」

 「へっ?」

 「私は嫌だって言ってんの! アンタ一人で責任取りなさいよ!」

 「いや、そりゃ無いでしょ恭子ちゃん・・・」

 「知らないわよっ! アンタが勝手に引き受けてきた仕事でしょ!」

 「い、いや、そこはやっぱり・・・」

 「い! や! だ!」

 「恭子ちゃ~ん・・・」

 二人の噛み合わない口論に釘を刺すように崇が言った。

 「夫婦喧嘩やってる場合じゃないよ。第2機に反応有りっ!」

 宗男の襟首を掴んで前後に揺すぶっていた恭子の腕が止まり、二人はポカンと崇の方を見た。そして第2機が送って来る映像に急いで飛び付いた。

 「あれは何ですかね・・・?」宗男がゴクリと唾を飲み込む音が聞こえた。

 「機動隊の車両みたいだね」崇は冷静に応えた。

 モニターには、マイクロバスほどの中型車両と、それを先導するかのようなセダンが映し出されていた。その2台は倉庫街の北東側に到達すると、ヘッドライトを消して停車した。直ぐさま中型車両からは、盾とヘルメットで武装し、機動隊の装備に身を包んだ人影がゾロゾロと這い出してきて、建物の影に吸い込まれていった。先導していた車両からもスーツを着た刑事らしき男たちが二人降車し、機動隊員の群れに混じって消えた。

 宗男は直ぐにスマホを取り出し、MIBへの回線を開いた。

 「北東より機動隊が多数、接近中!」

 その通話が終わらないうちに恭子が声を上げた。

 「南西方向にも機動隊、確認!」

 「挟み撃ちだ! ボディーガードさん、両側から機動隊が迫ってきています!」

 宗男はスマホを恭子に向かって放り投げると、1Y[Enter]、4Y[Enter]と続けざまに打ち込んだ。第1機と第4機が手動モードに移行し、宗男が第1機を、崇が第4機を操縦した。見つからないように、その背後に隠れて警察の動向を確認する。ローターの音に気付かれないように、監視モードの時よりかなり高高度での追尾だ。二手に分かれた機動隊の動きを宗男と崇がバラバラに報告し、恭子がそれをスマホで熊林たちに伝えた。その報告を受けた熊林がどう対処するのかは判らない。宗男たちに出来ることは、それを伝え続けることだけである。

 その時、定常監視モードにあった第2機の映像に、更に怪しい影が映り込んだ。それに気付いたのは恭子である。

 「チョッと宗男、海上に何か居るよ!」

 「えぇっ!? 何の会場?」

 「違う! 海の上!」

 宗男は自分が操縦する第1機を第2機の方に移動させた。そして岸壁の方に暗視カメラを向けると、海上から現場に近付く小型の船舶を認めた。

 「北西の海から不審な船舶が接近中! 漁船みたいだ!」

 その情報は、間髪入れずに熊林側に伝達された。相手の話を聞いていた恭子の顔が曇った。そして宗男に向かって言った。

 「その船は、取引相手のものらしい。相手が裏切って、熊林たちを騙し打ちするつもりに違いないって」

 「えぇーーーっ! マジか? 話が複雑になってきたぞぉ」崇が素っ頓狂な声を上げた。

 「そいつらは機動隊に気付いてないのかな?」

 宗男の疑問に崇が答えた。

 「気付いてないみたいだよ。暗いし離れてるし、気付きようが無いんだよ。どうするんだろ、熊林のおっさん」

 「って言うか、私たちもヤバくない?」

 恭子が当然の心配を口にした。宗男は即座に、1Z[Enter]、2Z[Enter]、3Z[Enter]、4Z[Enter]を連打した。4機のドローンは一斉に6号機に向かって帰還し始めた。

 「ごめん、崇くん。ドローンの回収をお願い」

 そして恭子の握りしめるスマホを取り上げると、MIBに向かって話しかけた。

 「ボディーガードさん、ヤバイです。北東、南西から機動隊が接近中。北西からは漁船で乗り付けた連中が上陸してきました。申し訳ありませんが、我々は撤収します。熊林さんたちも直ぐに撤収して下さい。南側の背の高い倉庫方向が、今のところオープンです。それでは、ご武運を!」

 宗男は相手の反応を待たずにスマホを切った。崇が4機のドローンを回収し終わっていることを確認すると、宗男は直ぐに助手席に飛び移る。恭子は既に運転席に座って発車体制だ。

 「恭子ちゃん! 一旦、右に走ってから次の背の高い倉庫の影から左に抜けて! ヘッドライトは点けないでね!」

 「りょーーかい! 任せておいて!」

 恭子の運転する6号機は、エンジン音が高くならないようにソロリソロリとクリープで動き出し、闇夜に紛れてその倉庫街を後にした。サイドミラーに映り込んでいた暗く沈んだ倉庫街は、6号機が左折して国道に合流すると同時にその姿を消した。

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