第四章:それって違法薬物?

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 予期せぬ(?)崇の合流により、MKエアサービスの活動域が広がった。ITやプログラム関係に強い崇が、機械バカである宗男の守備範囲をグィと押し広げた格好だ。実際、先日のトヨサンの一件では、以前に南村山で撮影したオオタカの動画ファイルに手を加え、あたかも当日撮影したかのような操作を行ったのは、姉の恭子から話を持ち掛けられた崇がC++で書いたプログラムだ。ニッタの連中がいつ乗り込んでくるか判らないので、ワンクリックで当該フォルダ内の最新動画ファイルの撮影日時を10分前に書き換え、残りの全ファイルの撮影日時も一律にシフトさせるコードをサクサクっと作り込んでいたのだった。

 彼のお陰でニッタ・テストコースでの窮地を脱っすることが出来たと言えるわけだが、その代償(?)として、狭くて仕方のない宗男のアパートに崇が転がり込んできた。それまでは、大学の講義にも出席せずマンガ喫茶や友達のアパートを転々とするという、ロクでもない奴だったが、恭子の勧めによりまっとう・・・・な人生を送る決心を固めたという。ただ恭子は、「そんなことを勧めたつもりはない」と、あくまでも自分の交渉に落ち度が有ったとは認めないのであった。

 「ねぇ宗男。そろそろ引っ越しを考えた方がいいんじゃない? 崇も転がり込んで来たことだし」

 自分が招き入れたことなど棚に上げて、この言い草である。確かに手狭だし、個々人のプライベートもひったくれも無い状況は如何なものかと思う。仕事の方も、ある意味順調に入ってきているし、ここは思い切って・・・ と宗男が考えを巡らせていた時、卓袱台の横で寝っ転がってコミック雑誌を読みふけっている崇に、恭子が声を掛けた。

 「アンタ、マンガばっか読んでないでさ! ドローンの扱いでも身に着けなよ!」

 「ほぁ~ぃ」崇は不服そうに返事をした。確かに、ただの居候では肩身が狭い。ここはひとつ踏ん張って、ドローンの操縦でも身に着けるか。

 「じゃぁ、お兄さん。ドローンの操縦法とやらを教えてよ」

 会話の流れのままに宗男は言った。

 「う、うん、それじゃぁ、近くの河川敷にでも行こうか」


 二人は荒川河川敷にやって来た。まずは手のひらサイズの、オモチャの様な機体から練習だ。ドローンはその機体が大きくても小さくても、基本的に操縦方法に違いは無い。大型のドローンは、その図体の大きさが故に取り回しに注意が必要なだけで、その違いは小型車と大型車の様な関係と言えば判り易い。そのオモチャの操縦法は、直ぐに崇のモノとなった。若者はこの手の習得が異様に速いことを、宗男は改めて思い知った。

 「ドローンって面白いね、お兄さん」

 ドローンを右へ左へ、上へ下へと自在に飛ばしながら、崇は楽し気だ。

 「その『お兄さん』って呼ぶのはやめて貰えませんか?」

 「えぇ? 何で? だって、姉貴とそういうことなんでしょ?」

 崇はグインとドローンを宙返りさせながら聞いた。

 「そ、そういうことって・・・」

 「いいなぁ、お兄さんはぁ。姉貴って、弟の俺から見てもスッゲェ美人だし」

 「は?」

 恭子が美人だって? 宗男はポカンとしてしまった。だって今まで、そういう目で彼女を見たことなど無かったのだから。そもそも宗男にとって恭子は、ケバい化粧や煌びやかな服装、手の込んだネイルや派手なヘアースタイルなど、自分には縁遠い装飾が施された異世界の存在に近かった。それらが恭子の「地」を覆い隠し、宗男はその美しさに気付くことが出来なかったのだ。だが、確かに言われてみれば・・・。

 宗男は頭の中で恭子の化粧を落とし、薄化粧を施した。大人しめのワンピースを着せ、髪はほんの少しだけ明るく染めたストレートだ。いつもの様に、気怠そうに脚を組んで煙草を吹かすのではなく、通りに面したカフェで、シュッとすぼめた口でカプチーノなどを美味しそうに飲んでいる。その顔には、男をバカにするような捻くれた表情は無く、聖母の様な微笑みが薄っすらと湛えられていた。そうしてみるとどうだろう? 見る見るうちに恭子が、宗男好みの清楚なお嬢様風になってきたではないか。何だか教養すら感じさせる凛とした美しさを湛えているぞ。いや、これは参った。こんなにも美しい女性が、自分の直ぐ近くに居たなんて。その時、宗男の鼻の下はデレデレと伸び切っていた。そのふしだらな夢想を断絶させるように、崇の声が響いた。

 「あっ、あっち・・・の方は、昼間、俺がパチンコにでも行ってる間に済ませて・・・・おいてよ。昼間るのは、結構、興奮するって言うし」

 そう言って崇は、ニヤッとした笑みを宗男に向けた。それに釣られて、宗男もニヤッとしてしまい、股間も釣られてパキンッとなった。


 その時、崇が操縦するドローンを見上げる二人の背後に、三人の人影が迫った。何気なく振り返った宗男がその姿を認めた途端、彼の顔は蒼白となった。

 「ななな、何か御用でしょうか・・・?」

 崇も「何ごとか?」と振り返り、そのままの姿勢で固まった。その間に彼の操縦するドローンは、河川敷の草むらの中へと墜落していった。

 年の頃なら30台後半と思しき、長身でガタイの良い二人組に挟まれるように、杖を持った和服姿の老人が立っている。両脇の二人は全身黒ずくめのスーツ姿で、色の濃いサングラスに整髪料で撫でつけた髪が、いかにもボディガードといった風情だ。彼らの右耳にはイヤホンが差し込まれ、絶えず何かの情報を確認しているらしい。そのMIB(Men in Black)を地で行くような雰囲気は、スーツの下から拳銃が取り出されたとしても何の違和感も無い。真ん中の老人は、何かしらの武道の著名な師範のように白髪がちの頭髪を肩近くまで無造作に伸ばし、日に焼けた顔に穿かれた二つの目がギョロリとこちらを見据えている。深く刻まれた皺により、その表情を正確に捉えることは難しかったが、少なくとも堅気の老人ではあるまい。その殺伐としたオーラが、宗男と崇の肝っ玉を震え上がらせた。

 宗男はチビリながら、もう一度聞いた。

 「私どもに、何か御用で・・・?」

 老人が右側の男に向かって「うむ」と頷くと、MIBは一歩踏み出した。宗男と崇は、その動きにビビって「うゎぁ、ごめんなさいっ!」と言って、その場にしゃがみ込み、両手で頭を抱え込んだ。

 男は言った。

 「会長からお二人に、たってのお願いが有ります」

 「お、お願い???」

 宗男は自身の頭を抱える両腕の隙間から、老人の顔を見上げた。崇は腰が抜けてしまったのか、四つん這いのままヘコヘコと、その場から逃れようとしている。

 「仕事の依頼と思って頂いて構いません」

 「は・・・ はい・・・」

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