第6話 企業戦士の笑い方がたまに変
マスターとあさひなさんは社会人らしい。
平日は大体20時以降からしかログイン出来ないようで、学生の俺とは生活リズムが違っていた。
開いたギルドの扉の向こうには誰もおらず、僅かに抱いた寂しさに嘆息する。
時刻は19時。
……あさひなさんにお願いされているけど、この間に8章攻略を目指そうかな。
バグだって、そんな頻繁に起こらないだろうし。展開したメニュー画面を指先で触れた。
「あれ!? 一瀬さん!?」
「……よう」
昨日撤退したため、再び第一章から始めることになったフィールドに、白衣を纏った職員の一瀬さんを見つける。
端末を抱えた彼は気だるそうな様子で、欠伸を噛み殺しながらぼさついた黒髪を掻いていた。
「何してるんですか?」
「デバッグ。探してんだけど、見つかんねーのな」
「おつかれさまです……」
昨日と全く人が違うことに怯えながら、労わりの言葉をかける。
覗いた片目の下にくっきりと浮かんだ隈に、仮想空間なのに……。社会を生きる戦士へ慰労の心を持った。
「なあ、ストーリー進めるんなら、同行してもいいか?」
「一瀬さん、昨日と全くキャラ違いますね」
「謝罪は誠意込めなきゃだろ」
眠そうにむにゃむにゃ話す一瀬さんに、お願いはその態度でいいの? 疑問を抱く。
しかし正直誰かについてきてもらいたかったので、助かった。
構わない旨を伝えると、足元の覚束ない一瀬さんがふらふら歩き出した。
「大丈夫ですか、一瀬さん!?」
「めっちゃ眠い。笑える」
「企業戦士こわい!!」
アナウンスを飛ばし、道なりにふらつく一瀬さんの後を追いかける。
ひょろりと縦に長い印象の彼は足が長く、若干小走りになってしまった。
「ここだったな」
変わらない一本道の真ん中で立ち止まった一瀬さんに、危うくぶつかりそうになる。
窺った道の先には何もおらず、あの犬は何処へ消えてしまったのだろう……? 本気で不思議に思った。
端末を翳したり指先で叩いたりする一瀬さんを見詰め、ふと思い出した橙色の画面へ目を向けた。
「そういえば、この画面に一瞬だけ、文字が浮かんだんです」
「んー?」
今は何の文字も浮かんでいない橙色の画面を叩き、一瀬さんを呼ぶ。
物語の導入かとも思ったが、表示が一瞬すぎて感慨も何もない。
何て書いてあったかな? 文面を思い出そうと頭を捻る。
「確か、『 おはよう わたし の セカイ 』みたいなのだったと思うんですけど」
「は? 誰だそんなポエミーな文字入れたやつ」
「知りませんよ!」
端末から顔を上げない一瀬さんの後ろで、空気が歪む。一瞬漂った異質なにおい。
俺の引き攣った声に異変を察知したのか、一瀬さんが振り返った。
前方に佇む、燃える尾を携えた巨大な蠍。
ガチガチ不協和音を奏でるそれの出現に、犬の方がマシだった!! 胸中で叫んだ。
「再現性ありの条件つきか。これでやっと家で寝れる」
口角を持ち上げた一瀬さんの周りに数多の画面が広がる。
それぞれが何かを計測しているらしい。波打つグラフが揺れている。
円転する陣から刀を抜いた彼が、耳慣れない言葉を呟いた。
発動した術式によって、蠍へ向かって降り頻る光の槍に思わず絶句する。エフェクトすごい! 一瀬さんかっこいい!!
睡眠不足を感じさせない軽やかな動きで一瀬さんが駆け、殻の繋ぎ目を狙って尾を切り離した。
聞くに堪えない奇声に、耳を塞いで顔を背ける。
「じゃあな」一瀬さんのぶっきら棒な声が聞こえた気がした。
『
討伐完了しました。
討伐完了しました。
討伐完了しました。
討伐
完了 しました。
討 伐 完 了 し ま し
』
最大音量で鳴り響く無機質な機械音声に、心臓が跳ね上がる。
目を瞠った先には無造作に刀を構える一瀬さんと、転がるドロップアイテムしかなく、無駄に速い心拍数を服の上から押さえた。
舌打ちした一瀬さんが、手元から刀を消す。
「逃げられた。……時間制限か?」
ぼそりと呟いた彼が、転がるアイテムを拾い上げる。剣呑な片目がこちらを捉えた。
「おい。礼に8章までついてってやる」
「ひっ、……いいんですか……?」
「デバッグのついでだ」
顎で促され、よろよろと一瀬さんの後ろについていく。
一瀬さんは歩き端末で早打ちしており、度々彼方へ歩いて行く姿を引き戻した。
時折頭を掻く彼が、重たいため息をつく。
「……誰だよ、こんなもん組み込んだやつ。終わりの会で先生にちくんぞ」
「一瀬さん、寝てください」
「はーっ、回答が全白とかふざけんな。絶対吊ってやる」
「違うゲーム混ざってませんか!?」
睡眠不足は人をダメにする。しみじみ実感した。
3章辺りで企業戦士の発言が益々怪しくなってきたので、また後日にしましょうと打ち切った。
一瀬さんは「しじみとカフェイン飲んだから平気」等供述していたが、打ち切った。
一瀬さん、絶対寝てくださいね! と言って別れた。
社会人になったらみんなこうなるの?
俺、すごく大人になりたくなくなった。
このままずっと学生でいたい。無理だとわかっていても願っちゃう。
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