第30話 プレゼントの行方

 ギルドのソファに座るシエルドくんは、あれからずっと考え事を続けている。

 ネットの検索結果を追いかける紫苑色の目は、左に右に行ったり来たりで、興味深そうにソファの背凭れから見た目幼女が身を乗り出していた。


「ユウさん、少しいいですか?」


 不意に小声であさひなさんに話しかけられ、彼の身体がアリスブルーの扉へ向いている。

 頷いて追いかけると、様子を窺うようにソファを見詰めた彼が、しっかりと扉を閉めた。


「ユウさんにお尋ねしたいのですが、最近シエルドくんと、素材集めに行きましたか?」


 白皙の美青年が、困惑に眉を下げさせ小首を傾げている。

 見ているだけで心の痛くなる表情に、何故だか無性に罪悪感を刺激された。

 あさひなさん、そんな悲しげな顔しないでください!!


「いえ、その、……行ってないです」

「そうですか……」


 しょんぼりと落ち込むあさひなさんに、胸が苦しくなる。


 シエルドくんは、あさひなさんへお礼するために、コスモ武器を育てていた。

 そのために素材集めにも一途だったし、俺たちも手伝っていた。


 けれども、あさひなさんは以前所属していたギルドのごたごたのせいで、戦力を上げることをやめてしまったらしい。

 コスモ武器を所持してしまえば、自動的に戦力は上がってしまう。

 あさひなさんの迷惑になってしまうからと、シエルドくんは武器の育成をやめてしまった。


 このことを知っているのはシエルドくん本人を除いて俺だけで、あさひなさんもマスターも知らない。

 どうしたものかと内心焦っていると、心配そうな顔であさひなさんが口を開いた。


「その、心配する必要はないのかも知れませんが……。シエルドくん、以前はよく素材集めに誘ってくれていたので。……どうしたのかなと、思ってしまいまして……」


 耳に柔らかい声音で、あさひなさんが眉尻を下げる。

 心から心配している様子に、両手で顔を覆って俯いた。

 あああっ、どうしよう! 言えない!

 シエルドくんとの約束を破るわけにはいかないし、真面目で優しいあさひなさんが事実を知ったら、ものすごく落ち込みそう! 絶対に言えない!!


「ユウさんは、何か事情をご存知ではありませんか……?」


 真摯なあさひなさんの表情にくらりときた。

 俺が女の子だったら、何度と知れぬ恋に落ちていただろう。あさひなさん、罪深い……。


 ぎこちない動きで首を横に振る。

 嘘をつく後ろめたさが動作を不審にさせるため、俺は昔から隠しごとが苦手だった。

 あさひなさんにもそれは伝わってしまったようで、困惑の表情をさせてしまう。

 ユウさん? 尋ねられた声に内心悲鳴を上げた。ど、どうしよう……!


「ねえ、ユウ……あっごめん。取り込み中だった?」

「待ってシエルドくん……!!」


 軽快に開かれたアリスブルーの扉が、即座に閉められようとする。

 慌ててドアノブを掴むと、申し訳なさそうな顔をしたシエルドくんがいた。

 更に後ろからにやにやとマスターが笑っている。


「おう、あさひな。高校生は犯罪くさいぜ?」

「犯罪? 何がですか?」

「何だ。青春じゃねぇのか」

「青春? 何の話です?」


 きょとんと瞬きを繰り返すあさひなさんに、マスターが「ちぇー」と言う。

 野太い声の棒読みなそれに、少しばかりぞっとした。かわいこぶらないでください、マスター……。


「……まあ、うん。ユウ、あさひなと話、終わったの?」

「あっ。ああ、ええと、その」


 ため息をついたシエルドくんの苦笑に、彼方に飛んでいた話題を思い返す。

 言葉を詰まらせながらあさひなさんを見、シエルドくんを見、がくりと項垂れた。


「……シエルドくん、素材集めに行かなくなったねってはなし」

「ゆ、ユウさん……!」

「……あー……」


 正直に白状した俺に、あさひなさんの慌てた声と、シエルドくんの戸惑いの声が被る。

 ……その、ごめん。黙っているのが心苦しくて……。


 音にしてしまったため無視することも出来ず、全員の視線がシエルドくんを向く。

 言葉に詰まった様子で、彼が俯いた。あさひなさんがおろおろと慌てる。


「すみません、シエルドくん。詮索するような真似をしました」

「あー、ううん。……あさひなの心配性のこと、忘れてた……うん……」


 頭を抱えて唸るシエルドくんが、渋々顔を上げる。

 素っ気ないほどあっさり、彼が口を開いた。


「コスモね、あさひなのお礼にしようと思って育ててたんだ」

「はい?」

「でも違うのにするから、もう少し待ってね」

「いえっ、あの、シエルドくん? お礼とは?」

「親切のお礼かな? いつもありがとう」


 ふわりと微笑む美少年のありがとうに、あさひなさんの顔が真っ赤に染まる。

 けれども即座に顔色を悪くさせた彼が、窺うようにシエルドくんへ問い掛けた。


「それは、わたしの前職を考慮して、です、か?」

「ううん? 調べたら、アイテム取るの難しいのがあって。時間かかりそうだから、って! 待ってあさひな!? そのナイフどこから持ってきたの!?」


 あさひなさんの手にはいつの間にかナイフが握られており、持ち主へ刃先を向けている。

 思わずぎょっとしてしまい、慌ててその腕にしがみついた。

 あさひなさんは今にも死にそうな顔で、俺を引き剥がそうとする。


「ユウさん、離してください! わたしはっ、自分が許せないんです!!」

「お、落ち着いてください、あさひなさん! 誰もこんなこと、望んでません!」

「誰よりもわたしが望んでいます! シエルドくんの優しさを踏み躙って生きるなど、わたしには……ッ」

「あさひな、そんな激情タイプだっけ!? 大丈夫だから、落ち着いてよ……!」

「ぴぴーっ、館内での武器の使用は禁止でーす」

「マスター! もっとしっかり止めて!!」


 からん! 滑り落ちたナイフが床に当たって音を立て、俺とシエルドくんで片手ずつあさひなさんの手を握って止める。

 はらりと彼の青い瞳から涙が零れるのだから、罪深かった。

 シエルドくんまで耐えるような顔をしている。

 ……いや、シエルドくんもあさひなさんと同じカテゴリーにいるからね? 美しいは罪だよ?


「あさひな、ぼくが勝手にしてることだから、気にしないで?」

「いいえっ、いいえ! 大変申し訳ございませんでした、シエルドくん……!」

「ええと。……と、とりあえず、自害はやめよう? デスペナついちゃうよ? えっと……、ぼくからのお願い」

「くっ」


 効果は抜群だ。


「あっ、あったかいお茶飲もう、あさひなさん! ね?」

「わたしなど、泥水で充分です……」

「お茶を! 淹れます!!」

「はははっ」


 あさひなさんを指差して笑ったマスターが、にっと口角を持ち上げる。

 この見た目幼女には人の心がないのだろうか、心配になった。


「あさひな、可愛いふたりによしよしされて、立つ瀬ねぇな?」

「ちょ、ちょっと、マスター!?」

「……わかりました。ふたりは必ずわたしが守ります」


 常にないあさひなさんの低い声に、びくりと震える。

 唖然と顔を上げるシエルドくんの先、マスターを睨み据えたあさひなさんが、不意にいつもの柔和な表情を申し訳なさそうにした。


「取り乱してしまい、すみませんでした。シエルドくん、ユウさん」

「おーい。マスターは?」

「シエルドくん。お礼を考えてくださり、本当にありがとうございます。……悩ませてしまって、すみません」

「あ、ううん。……あさひな、もう平気?」

「はい。ご迷惑をおかけしました」


 やんわりとした苦笑も困り顔も、いつものあさひなさんだ。

 そこに転がるナイフが、さっきまで使用者へ向いていただなんて信じられない。

 あさひなさんが眉尻を下げる。唖然と彼を見上げているシエルドくんへ、憂いある微笑が向けられた。


「勝手なお願いになってしまいますが、もしよろしければ、完成した剣をわたしにいただけないでしょうか?」

「いいの……? 戦力上がっちゃうよ?」

「構いません。誰よりも使いこなしてみせます」


 戦いとは無縁そうな笑顔で自信満々に言い切られ、俯いたシエルドくんが僅かに首肯する。

 安堵に息をついたあさひなさんが、こちらへ笑みを向けた。

 光り輝くエフェクトが見える気がする。体感温度が上がった気がする。ついでに花の背景が見える気がする。


「ユウさんも、ありがとうございます。あなたに相談して、本当によかった」

「……お役に立てて、なによりです」


 ふんわりとした穏やかな声音に、頬が熱を持つ。手で目許に影を作って、羞恥心から逃れた。

 ま、眩しい! あさひなさんの威力が上がってる!?

 と、とりあえず、シエルドくんのお礼が受け取ってもらえるみたいで、よかった!


「なあ、マスターも仲間に入れてくれや」

「知りません」

「くそう、ショタコンめ」

「美少年愛好家です」

「あさひなさんッ、その顔で言っちゃだめだってば……!」

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