第9話 そうだ、壁になろう
話を聞く限り、シエルドくんも学生さんのようだ。
大体ログイン時間が被ることから、俺と同じ高校生じゃないかなと推測している。
「ユウ、こんばんは」
「シエルドくん! こんばんは~」
ギルドまでの道中でばったりと出会った美少年が、破格の微笑みで手を振るのだから、俺はこの子を守らなければならないと強い使命感を感じた。
守りたい、この笑顔。
といっても、現時点で俺のレベルは13くらいだ。
対するシエルドくんは、術師で60、剣士で50はあったはずだ。
この圧倒的な実力差。
明らかに守られるのは俺の方な事実が悲しい。まだ殻を被ったひよこの段階で申し訳ない。
「ねえ、一緒に素材集めに行かない?」
現実時間は19時だが、常光のこの街は今日も青空が広がっている。
日の光が金の髪を弾き、淡く輝いているように見えた。なるほど、これが天使の輪か。
「俺はいいけど、大丈夫? 足手纏いじゃない?」
「どうして? 一緒にやったら経験値も入るし、そうしたらもっと別のとこへも一緒に行けるようになるよ?」
「シエルドくんに育ててもらえる自分が激しく羨ましい」
「……ユウもちょっと変わってるよね」
困ったように微笑んだシエルドくんが、行こう、俺を促す。
でもそんな「添えるだけ」じゃなくて、ちゃんと役立ちたいんだよなあ。
シエルドくんの袖を引くと、振り返った彼が不思議そうに小首を倒した。
「なあ、シエルドくん。俺でも役立てるジョブとかあるかな?」
「え? うーん、そうだね……」
緩い歩調で歩くシエルドくんの隣に立ち、考え込む横顔を見詰める。
現段階の大通りは程々の往来で、徐々にログイン人数が増えてきたのか、じわじわと活性化していた。
「ぼくは基本魔法剣士だし、あさひなはゴリゴリの前衛でしょ? マスターは攻撃魔法職だから……壁が足りない?」
「壁?」
「ガーディアン。ほら、ああいう盾とか持ってる人」
腕を引かれ、視線で示された先にいた、筋肉質な身体で大きな盾を背負っている男性。
他にも甲冑の人や、とりあえず体格の良い人が目立った。
「な、なるほど? 俺に務まる?」
「女の子のガーディアンもいるよ。実際に盾持たなくても作動するやつもあるし。……なんかあれ、結界っぽいやつ」
「かっこよくない?」
「かっこいい」
くすくす笑ったシエルドくんが、道の端へ寄って画面を立ち上げる。
指差された先へ覗き込み、ジョブの説明文を目で追った。
「ダメージ軽減にカウンターかあ。いいな、それ」
「その分、痛い思いしないといけないけどね?」
「お荷物になるくらいなら、床ぺろ芸人目指しますー」
「それ、デスペナついちゃうよ」
ちゃんと回復してあげるからね。笑ったシエルドくんにつられ、頬が緩む。
早速ジョブチェンジして、盾職に就いた。
*
場所は変わって、星屑の森。
一変した景色は光を纏った地面と、硝子細工のように透き通った木々に覆われた森だった。
天藍石の色の空に銀の星屑が輝き、蛍火のように空から地から光が揺蕩う。
棚引く風が紅や常盤の色を連れ、高く澄んだ音を響かせる硝子の細波に色彩を持たせた。
呆気に取られる俺へ優しく微笑み、シエルドくんが揺らめく光の地面へ踵を乗せる。
蛍火を指先で遊ばせる現存する天使の姿に、思わずカメラのシャッターを切った。
振り返ったシエルドくんがおかしそうに笑う。
「ユウ、どうしたの?」
「あさひなさんでなくても、傅くと思う」
「傅かないで。ここ、ぼくのお気に入りの場所」
苦笑いを浮かべたシエルドくんが、「ほら、コスモ育てるの」行動を促す。
おずおず下ろした靴底は滑ることなくしっとりと光に埋もれている。
森の奥へ誘導するように、俺の腰ほどの高さを金剛石のススキが揺れた。
真珠を砕いたような粒子を上げるそれを指先でつつくと、一層の粒子が空気へ還った。
プラネタリウムでも見たことのないキラキラした世界に、ひたすら辺りを見回してはわわと感嘆を上げる。
前を歩くシエルドくんへ顔を向けると、彼の指先にはカメラが留まっていた。
頬を引き攣らせた俺へ、にんまり、美少年が目許を細める。
「仕返し」
「待ってー! おのぼりさん消してー!!」
「大丈夫、よく撮れてた。ほら、行こう?」
素早くカメラを消したシエルドくんが、さくさく足音を響かせる。慌ててその後ろを追いかけた。
何だか、こう、シエルドくん余りにもこの幻想空間と似合いすぎて、このまま溶けそう。
「シエルドくんって、コスモの育成に一途だよね」
「うん。あさひなにあげるから」
俺の問い掛けに返答したあと、あっと口を塞ぐ仕草をする。
こちらを向いたシエルドくんは、むっすりと半眼を作っていた。
「……今の、あさひなには内緒にしてて」
「待ってね。今にやにやしてるから」
そっかー、あさひなさんへのプレゼントだったのかー。
普段あんなに素っ気ない態度なのに、可愛いところあるじゃないかー。
にやにやする口許を片手で隠していると、ため息をついたシエルドくんが口を開いた。
「あさひなって、多分社会人でしょう? 気を抜くとじゃんじゃん貢いでこようとするんだ」
「あ、うん。わかる」
実際、俺の服もシエルドくんの服も、あさひなさんのポケットマネー出身だ。
どうやらあさひなさんは、新作衣装が発表される度に散財させているらしく、先日も着て欲しいとおねだりされた。
「でも、ぼく融通出来るお金少ないし、それにぼくに買えるものって、あさひなも当然買えるでしょう?」
「わかる。俺ももらいっぱなしで、心苦しい真っ最中」
「だから、剣メインのあさひなが使える武器にしようって。コスモだったら、強いし喜んでもらえるかなって」
「天使は現存していた……」
「ユウ?」
不思議そうに小首を傾げたシエルドくんから顔を背け、両手の下で悶える。
健気か!! あさひなさんでなくてもメロメロだわ!!
「絶ッッッ対喜ぶ」
「……でも急がないと、上位互換とか出たら困るから」
「コスモの上を行く存在って何?」
「なんだろう……? ギャラクシー?」
宇宙対銀河、ファイト!
感涙で震えていた心が、天然によって中和され、程よい状態まで戻る。シエルドくんへ笑顔を向け、ぐっと拳を作った。
「俺も手伝う! あさひなさんにも内緒にしてる!」
「ありがとう。じゃあ、これ、ぼくとユウからのお礼にしよう?」
「ダメダメ! コスモ育ててるのシエルドくんなんだから! 俺厚かましいし、申し訳ない!!」
「でも、ここまでみんなの協力があっての成果だから……」
「謙虚……!!!!」
絶対守ろう、この清い心!!
顔を覆って悶えていると、橙色の画面が警告音を出した。
途端、辺りに硝子を引っ掻くような音が響き渡る。
「……ッ、何度聞いても嫌な音だな……」
音の原因は藍色の翼を広げた蝙蝠のような敵で、複数体羽ばたくそれはきいきい耳障りな音を立てていた。
咄嗟に塞いだ耳から手を離し、武器を引き抜く。
「ユウ、無理しないでね」
「大丈夫!」
シエルドくんからの労わりへ、明るく応答する。
初めてのジョブに転職すると、レベル1から始まる。
頑張ってレベル上げて役に立とう! シエルドくんとあさひなさんを守れるように強くなろう!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます