第23話 情報交換会

 第1都市ユークレースにあるその喫茶店は、こじんまりとしているけれど落ち着いた内装をしていた。

 等間隔に垂れ下がるランプシェイドは真ん丸で、不揃いな椅子が特徴的だった。

 二階に位置する店内は、広い窓がいっぱいの光を取り込んでいる。


 路面に面していない店を選んだのは、朔月さくげつさんだった。

 ミルクセーキをしゃくしゃく崩す彼女は、知人との遭遇を気にしている。

 ……ところで俺の知ってるミルクセーキって、液体なんだけど。朔月さんのそれ、アイスかシャーベットかパフェっぽいね?


「あんたたち、昨日いなかったのね」


 何処か不貞腐れた顔でスプーンをくわえる朔月さんに、シエルドくんと顔を見合わせる。

 淡い金色の髪と紫苑色の目は色彩豊かで、そうたくんとは違う系統の美少年具合が眩しかった。

 いつもは何処か眠たそうな面持ちを、案じるものに変え、彼が俺の様子を窺う。


「ユウ、具合とか平気? もう大丈夫?」

「ありがとう、平気だよ。昨日は大変お世話になりました、そ……シエルドくん」

「そっか」

「何の話?」


 深々と頭を下げると、安堵したように吐息で笑う音が降ってきた。

 俺たちのやり取りに、益々半眼を作った朔月さんが、訝しむ声で疑問を投げる。


 オレンジジュースをストローで掻き混ぜながら、彼女に昨日我が身に起きた出来事を話した。

 話すごとに唖然としていく彼女に、苦笑いを浮かべる。


「今日、学校行ったら担任に呼び出されてさ。部屋に行ったら学年主任までいて、びっくりしたよ……」

「理事長とか来なくて良かったね」

「思ったんだけど、シエルドくんって、良い学校の生徒さんだな?」

「ちょっと、待って?」


 両手を広げた朔月さんが、俺たちの前にかざす。

 驚いたような青の目は瞬きを繰り返し、何度も口を開いたり閉じたりしていた。


「あんたたちって、もしかして高校生?」

「うん、二年」

「学年までは知らなかった。俺も同じだ」

「はー……、しかも一個上だったんだー……」


 ぽかんとした顔で、上げたままだった手を朔月さんが静々下ろす。

 背凭れに身を預けた彼女が、「私、一年」呟いた。

 カフェオレに息を吹きかけて冷ましていたシエルドくんが、ぱちりと瞬く。


「何だか珍しいね。近い年代が集まるのって」

「そうなんだ?」

「プレイヤーの年齢層もそうだし、10代よりそれ以上の方が圧倒的に多いでしょう?」

「機体そのものも高いわ。……お年玉掻き集めても足りなかったから、向こう三年は誕生日プレゼントなしよ」


 な、なるほど……。確かにそうだ。

 現にあさひなさんもマスターも多分社会人だし、このゲームのために俺はバイトを頑張った。


 ようやくカップに一口つけたシエルドくんが、即座にテーブルへ陶器を置く。

 ……熱かったんだね。膝に両手を当てて冷ましてる。

 朔月さんは再びミルクセーキをしゃくしゃく崩しており、難しそうな顔でスプーンを運んでいた。


「……何ていうか、ご愁傷さまって感じなんだけど、あんた本当に大丈夫?」

「うん、大丈夫。ありがとう、心配してくれて」

「べっつに、そういうのじゃないし」


 視線を背けた朔月さんが、しゃくしゃくミルクセーキを食べていく。……ツンデレは幻想ではなかった……。


 電話越しの母親からは、珍しく学校を休むかどうかを問われた。

 別段身体に不調もなかったし、置き去りにしたリョースケと和泉いずみのことが気掛かりだったので、学校に行くと答えた。

 セッキーにも事情を説明しないといけないし。


 リョースケと和泉にも事情は伝わっていたようで、今朝顔を見せた瞬間からものすごく心配された。

 ちょっと落ち込んでる和泉がレア過ぎて、三度見はしたと思う。

 トイレにまで同行しようとするリョースケに、お前は俺のお母さんかと思った。


 けれども心配してくれる人がいることはありがたいことで、照れ隠しにちょっと雑な態度を取ってしまう。

 年頃の男子高校生の気難しい心情を察してあげて……!


「私もあのオカルトスレ見てるけど、そんなのなかったわよ」

「削除されたのかな?」

「話聞く限り、ゲームと関係ないじゃない」

「何で二人とも、そんなに詳しいの? このゲームの常識だったりする?」


 平然と言ってのける朔月さんと、ようやく飲める温度になったのだろう、カフェオレに口をつけるシエルドくんの応酬に涙目になる。

 何でみんな、そんな率先してこわいに飛び込むの? 心が強靭なの?

 眼光を強めた朔月さんが、ミルクセーキにスプーンを突き刺した。


「私と同じ事例を探してるの」

「情報収集は鉄則だから」

「なんにもしてなくって、ごめん……」


 ごん、頭をテーブルに載せる。ふたりが偉い。俺、役立たず……。

 カフェオレを置いたシエルドくんが、ぽんぽん俺の頭を叩いた。ううっ、慰めてもらってる……。


「大丈夫だよ。こういうのは好奇心と得意不得意だから」

「あんたもちょっと調べてみたらいいじゃない」

「その……気がついたら時間なくて……」


 買いものに行って、洗濯物回して、ごはん作って、洗濯物干して畳んで、ごはんとお風呂と時々宿題を済ませたら、あっという間に時間が過ぎている。

 つくづく雑事は時間泥棒だと思う。


 うちは母と二人暮らしだ。

 母の仕事は変則的で、夜勤が多い。忙しい母に代わって、家事は俺がやっている。

 思春期の頃は反発もしたが、今ではそんなものだと思っている。


 リョースケとは小さな頃からの付き合いなので、それはそれはお世話になった。

 俺がリョースケに対して大体寛容なのは、そういった部分が非常に大きい。


「それに、こわい話を聞いた後に、一人きりの部屋に絶望しない?」

「あんたって、本当びびりよねー……」


 呆れたように目を細めた朔月さんが、食べ終わったミルクセーキにスプーンを手放す。涼やかな音が響いた。


「朔月さんの方は? あれから変化あった?」

「ふふーん。この二日間、普通にログイン出来てるのよ!」

「よかったね、おめでとう」


 得意気に笑った朔月さんが、素直にありがとうと答える。

 このまま平穏であれば、文句なしよ! 仰々しく頷いた。


 静かだった店内は徐々に人が入り、賑わいを見せていた。

 静かな音楽に混じる、食器の触れ合う音と雑談の声。

 時計を確認すれば、あさひなさんたちがログインする時間までもうすぐだ。

 手許のオレンジジュースを飲み、橙色を絡ませた透明の氷を残す。

 シエルドくんがカップを置いた。朔月さんが席を立つ。


「ごちそうさま。あんたたち、明日は来れるの?」

「テスト期間に入らない限りは、ログインするつもり」

「あんた真面目ね」

「俺は……事故にさえ遭わなければ……」

「深みが違うわー……」


 朔月さんの呆れ顔が、心の柔らかいところに突き刺さる……。

 シエルドくんの「そうだね」の苦笑いも心に響く……。


 会計を済ませて外に出たところで、朔月さんとは別れた。

 ノルマがどうのと言っていたので、彼女こそ真面目なんじゃないだろうか? シエルドくんとともに、ギルドの部屋を目指した。

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