第24話 めるへんぴんくと渋面
「――と、いうことがありました」
今日一日で何度目の説明になるだろう、件の事故をあさひなさんとマスターに話す。
シュークリームのクリームを落としかけたマスターと、見る見る悲壮な表情になったあさひなさんに、大層なことになってしまったと罪悪感を抱いた。
「お労しい……ッ、ユウさんが大変な思いをされている中、わたしは……ッ」
「大丈夫です! あさひなさん、大丈夫ですから……!」
「お二人がいないことが退屈だと、のん気に狩りを……ッ」
「それが正しいゲームの遊び方です!!」
ひしと黒い手袋に両手を握られ、慌てて大丈夫を叫ぶ。
白皙の美青年の痛みを堪える顔が罪深いからああああ!!!
「にしても、すげえな。突撃ふたりっきりオフ会か」
「明るい部分だけ見たら、そうなるね。ユウ、かわいい感じだったよ」
「あっ! シエルドくん、帰り大丈夫だった!? 天使誘拐されてない!?」
「……いつも通りログインしてるから、大丈夫だよ。ねえ、ユウ。その例えやめない?」
半眼のシエルドくんを置いて、「シエルドくんは美少年でした!」笑顔で報告する。
未だ心配そうな顔のあさひなさんだったが、ちらりとシエルドくんへ視線を向け、俺を見詰め、再び俯いてしまった。
「お二人の現実が、かわいらしくないはずがない……!」
「あさひな、大丈夫? おでこに冷たいの貼る?」
「ユウさんの一大事だというのに、こんなにも羨ましいと思ってしまうなんて……ッ」
「はははっ、オフ会開いてやろうか?」
悔しげに俯いていたあさひなさんの動きが、びたりと止まる。
そのままふるふると首が横に振られ、零れ落ちた白髪が動きに合わせて揺れた。
「……遠慮しておきます」
「そうか? まあ、気が向いたら教えてくれや」
きょとんと瞬いた幼女が大胆に笑い、大口を開けてシュークリームを頬張る。
……見た目が可憐な幼女なだけあって、中々に破壊力のある絵面だ。
段々麻痺してきた自分の感性にも、危機感を覚える。
顔を上げたあさひなさんが、しょんぼりと落ち込んだ顔をする。
思わず手を握り返して、大きく上下に振った。元気出して、あさひなさん!
……ところで、あさひなさんって、現実ではどんな感じの人なんだろう?
やっぱりこう、高貴なお家柄のゆったりとした人なのかな?
……そんなやんごとない人が、ゲームする? それもゴリゴリの前衛。
「あさひなもマスターも、中身透けないよね」
「そうか? 俺なんてわかりやすいだろ」
「いや、マスターが一番謎なんだよ?」
シエルドくんの言葉に、マスターはおっさんじゃなかったのかと、幼女を二度見してしまう。
口許をカスタードクリームで汚している姿はつたないのに、ソファに座った脚が勇ましく広げられている。
昆布茶を飲む仕草が酒飲みだったり、かーって、野太い声でかーっとか言っちゃいけません!!
「マスターの中身、おじさんじゃないんですか……?」
「……貫禄はありますよね」
「でも、マスターの趣味、結構少女っぽいよ。ユウが来る前なんて、部屋中ピンクと水色のメルヘンカラーだったし」
「そうなんだ!?」
「あー。お前等に非難轟々されたやつか」
「落ち着かないじゃないですか。大体何処で見付けたんですか、ピンクの木馬なんて」
「意地と根性」
げんなりとしたシエルドくんとあさひなさんの言葉に、マスターが心外だとの顔をする。
……今でこそ清潔感溢れるホワイトナチュラルな部屋に、そんな過去があったなんて……!
そういえば初めてここに来たときも、模様替えがどうとか言ってた気がする! なるほど、全てが繋がった!!
「天井が星空だったときもあったし、真白フリルで埋め尽くされてたときもあるし……マスター。ぼく、今の部屋が一番気に入ってる」
「ありがとよ。この前ステンドグラスのランプシェイド見付けたんだ。そろそろ替え時かと……」
「わたしも! 今の部屋がいいと思います!!」
「そうか……?」
畳み掛けるようなあさひなさんの援護に、首を捻ったマスターが流される。
話を聞いただけでぞっとしてしまった過去の内装一覧に、俺も現状維持に賛成した。
……シエルドくんが指摘する通り、マスターの趣味と言動の触れ幅が広過ぎる。
……謎だ……考えるの、やめとこ……。
はたと何かを思い出したように、シエルドくんが手を叩く。全員の視線がそちらを向いた。
「ねえ、マスター、あさひな。人とデータの似ているところって、何処だと思う?」
「シエルドくん……? 今、俺の心が抉れたよ……?」
「ユウさんの一件に関わっているんですか?」
あさひなさんの問い掛けに、シエルドくんが頷く。
途端、真剣な顔をして考え込んだあさひなさんが、いい人過ぎて苦しい。あさひなさんの役に立つことがしたい。
クリームを拭ったマスターが昆布茶を啜り、幼女らしくない仕草でテーブルに戻した。
「電気じゃねえか?」
「電気?」
マスターの回答に、思わず聞き返す。
どっこいしょを脚を組んだ幼女が、にっと口角を持ち上げた。
「前に神経の検査したことがあってな。検査の姉ちゃんが、『人間は電気で動いてるんですよー』って教えてくれたんだよ」
「マスター、五十肩ですか?」
「ぴっちぴちの幼女様だ」
即座に五十肩を持ってくる辺り、あさひなさんはマスターに容赦がない。
マスター、生粋の幼女は廃課金なんてしませんよ……?
顎に手を添えたシエルドくんが、ふむと沈黙する。見慣れた長考の仕草は、馴染み深かった。
「そういえば、人体が電気信号で動いてるって、聞いたことある。ありがとう、マスター。五十肩お大事に」
「五十肩じゃねえぞ。お前等幼女様に失礼だな」
「データは言わずもがな、電気の集大成だしね。他にもあるかな?」
「しっくり来るものはありませんね……。データがとぶとかありますが、人に置き換えると記憶でしょうか。
記憶の忘却はあっても、消失は難しいですね。反対に、データは忘却出来ませんし」
難しいです……。眉尻を下げるあさひなさんに、首を横に振る。
俺とシエルドくんでは何ひとつ考えが浮かばなかったものを、彼等に話すことを相違点を教えてもらえた。すごい、相談してみるものだ。
シエルドくんへ顔を向ける。考え込んでいる彼と、目が合った。
「あの後ぼくなりに考えてみたんだけど、今のぼくたちって、データだよね?」
「……シエルドくんって、俺のこわいポイントをピンポイントで殴ってくるよね」
そうかな? 何処となく眠たげに瞬いたシエルドくんが、言葉を繋げる。
彼は頭を使うのが得意なんだろう。着眼点がいつも鋭利だ。
「視点が現実にあるか、ゲームにあるかで、認識変わるなって思った」
「確かにそうだな。今の俺らと、NPCの姉ちゃん、中身があるかないかの違いだもんな」
「ユウさん、大丈夫ですか? 顔色が悪いようですが……」
「……はい、……へいきです」
抉り込まれたぞっとする内容と、俺だけが何も考えていない状況に、居た堪れなくなる。
……ごめん、厄介事を持ち込むだけ持ち込んでおいて、役立たずで……。
微笑んだあさひなさんが、温かいものを淹れますね、と席を外し、益々居た堪れなくなる。
落ち込む俺の隣で、徐に画面を開いたシエルドくんが、微かな声を上げた。ぱっと上げた視界に、閉じられた青色が映る。
どうかしたのか、視線で問い掛けるも、静かに首を横に振られた。
「……なんでもないよ」
慣れた仕草でメイン画面を消したシエルドくんは、それきり口を開かず何かを考え込んでいる。
マスターへ顔を向けると、幼女も幼女で思案気だった。俺が俯いている間に、何があったんだ!?
戻ってきたあさひなさんが、緑茶をくれる。彼の登場に、二人の様子が元に戻った。
……何だったんだろう……?
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