第25話 あなたは当選しました!

 ユウはあさひなと一緒に、コップを洗いに行った。

 大してかからない時間稼ぎに、急いでマスターへ話しかける。ぼくの小声は震えていた。


「マスター、ぼくのスキル画面の『ちゅうせん』、消えてた……」

「みてぇだな。お前の様子見て、何となく察したわ」


 ぼくに合わせて小声で話してくれたバリトンボイスが、改めて開いたスキル画面を撫でる。

 滑らされた人差し指の末、いつの間にかそこに鎮座していたはずの謎の文字が、忽然と姿を消していた。

 マスターが神妙そうに眉間に皺を寄せる。


「どんな内容だったか?」

「中身は一言、『おめでとうございます!』って」


 そうか。呟いたマスターが、ちらりとアリスブルーの扉へ視線を向ける。

 薄く開いたそこから聞こえる、流水音と陶器の触れ合う音。はやる思いで内情を吐露した。


「『ちゅうせん』の景品、もしかしてユウなのかな……?」

「シエルド」

「どうしよう、今回のがぼくのせいだったら……! ユウにこわい思いさせちゃった!」

「落ち着け、シエルド。考え過ぎだ」


 マスターに手首を掴まれ、強く揺すられる。

 はたと口を閉じ、けれども込み上げてくる罪悪感に唇が戦慄いた。


 あんなに「助けるから」なんて言っておきながら、もしもぼくが原因だとしたら、ユウはどう思うだろう?

 嫌われてしまうだろうか。非難されるだろうか。

 ユウは普段優しくてにこにこしているから、怒った姿が想像出来なくて、こわい。


 折角出来た大切なともだちだったのに、内容が内容だけに、謝っても許してもらえるようなものでもない。

 ユウの担任が迎えに来たとき、大泣きしていた姿を思い出す。

 ……あんなに泣かせてしまったんだ。ユウはどれだけ不安だったんだろう?


 ぼくのせいでなければいい。そう願うも、ユウはタイミング良く、ぼくの前に現れた。

 そして消えた『ちゅうせん』の文字。

 景品が届いたから、用済みとばかりに消えたように思える。


「文字がいつ消えたのか、わかるか?」

「わからない……。さっき気付いたところ」

「シエルド。いいか、考え過ぎだ。ほら、飴食って気楽に考えてみろ。万が一そうだとして、ユウがどういうやつか、お前も良く知ってるだろ?」


 ポケットから取り出した飴の包みを剥ぎ、口の中へ押し込む。


 小さい頃に教えてもらったおまじないだ。

 人の輪にも馴染めず、家にも居場所がなくて泣いてばかりだったぼくに、知らないお姉さんが教えてくれた。

 未だにそれに縋っている辺り、苦い思いを抱く。けれどもプラシーボ効果なのか、少しだけ気持ちが楽になった。


 いつの間にか水音は止まっており、話し声が扉を開ける。

 談笑している二人は穏やかな顔をしていて、そこに混じることが出来ないことが、ひどくつらく思えた。

 人懐っこい笑顔を浮かべたユウが、ぼくの隣に来る。


「さっきあさひなさんと話してて、他の街の観光に付き合ってくれることになったんだ! シエルドくんも一緒に行こう?」

「……ぼくは、」

「なあ、ユウ。スキル画面見せてくれや」

「いいですよ?」


 ぼくの言葉を遮ったマスターの指示に従い、ユウがスキル画面を立ち上げる。

 ソファから立ち上がった幼女が、背伸びして青い画面を覗き込んだ。

 滑らされる人差し指が、『しゅくふく』の項目を見つける。ふむ、マスターが頷いた。


「ユウのは残ってるんだな」

「マスター……!」

「どういう意味でしょうか……?」


 口を開きそうなマスターを制するも、あさひなが不思議そうに瞬いている。

 ユウも同じくきょとんとしており、上手な誤魔化し方がわからなかった。


 震えそうな手で、開きっ放しのスキル画面を操作する。

 消失した文字を指差し、口を開いた。掠れかけた小声は、いつも以上に無機質に聞こえる。


「ぼくの、消えたんだ」

「そうなんだ!? おめでとう! あ、いや? こわい仲間が減ったから、おめでたくはない……?

 いやでも、シエルドくんが何か危険に巻き込まれなくなったんだから、やっぱりおめでとう!」


 持久走で一緒に走ろうって言われて、置いてけぼりにされた気持ち……! 続けて叫んだユウに、苦笑いを浮かべる。

 現実はそんなのじゃないと思うのに、彼は本当能天気だ。


「『ちゅうせん』の景品が、ユウだったかも知れないんだよ?」

「そんなまさか」


 驚いたように青い目を丸くさせたユウが、あさひなを見上げる。

 心配そうな表情で様子を見守るあさひなは眉尻を下げていて、マスターは珍しく静かに動向を見守っていた。

 思考の旅から帰ってきたらしい、ユウがこちらへ顔を戻す。


「もし本当にシエルドくんの言う通りなのだとしても、飛ばされた先がシエルドくんのところで、本当に良かったと思う!」

「なんでそうなるの……」

「だって、全く知らない人の場所に飛ばされてたらさ、ものすごくこわくない!?

 見知らぬ場所でさ迷った末の、見知らぬ人だよ!? その人が協力的じゃなかったら、またさ迷うことになるし!」


 ユウって、実は豪胆な性格だったりするのかな?

 まずぼくがいなければ、そんな不可思議体験に巻き込まれなかったかもって部分に気付かないのかな?

 あ、そっか。『ちゅうせん』に当たったのがぼくだけとも限らないのか。

 だとしたら、初回でぼくに当たったのは幸運な方……?

 もし二回目とかあったとしても、ユウには番号渡したし、そういった意味でも良かったのかな……?

 なんだろう、考え過ぎてわかんなくなってきた。


「あ、そうだ、お礼! シエルドくん、お礼、何がいい?」

「え? 別にいいよ。気にしないで」

「命の恩人がお礼を受け取ってくれない……やっぱりクッキーを山盛り送りつけるしか……」

「どうしてそんなにクッキーに拘るの……。じゃあ、これからもおともだちでいて。はい、この話終わり」

「何でそんな当たり前のこと言うの? シエルドくん、もっと欲深くなって……?」


 悲しげな顔をするユウの言葉に、頬が熱を持つのがわかった。

 忙しなく画面を消して、あんまり動かない表情の下に全てを押し隠す。

 視界の端に映る、頬杖をついたマスターが、にやにやしているのが腹立つ。あさひな、やめてスクショ撮らないで……!!



 ぼくには友達がいない。引っ込み思案の一人っ子で、小さい頃から誰かと話すことが少なかった。

 他人との付き合い方がわからなくて、いつも冷たい印象を与えてしまう。

 そんなつもりはないのに、表情筋が碌に仕事しない。


 両親の関係はとっくの昔に冷え切り、出迎えてくれる人もいない。

 毎週月曜日、学校から帰れば、テーブルの上にぽつんと封筒が置かれてある。

 始めは「一週間分の食費」と書かれていたメモすら、今はもうない。

 そのお金を使って、毎日適当にお弁当を買って帰る。温めても冷めてても、味なんて変わらない。


 ゲームはテストでいい成績を取れたから、ねだって買ってもらった。

 代わりに、成績が落ちたら没収すると言われた。だから、テスト期間は真面目に勉強している。


 つらかった。一日を通してひとことも話さない日なんて、しょっちゅうだ。

 誰かと喋りたかった。

 このまま本物の透明人間になってしまうんじゃないか、不安で堪らなかった。


 ……今は、とても恵まれている。

 例え仮想空間の中だけだとしても、ぼくには勿体ないくらい、優しくしてもらえている。



 どうしてユウの事件とぼくの『ちゅうせん』を直感的に結びつけたのか、本当は言葉に出来る。

 ぼくはこれまでずっと、ともだちが欲しかったんだ。

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