第28話 うちの名探偵

 第5都市ルベライトは第1都市ユークレースと比べて、格段に人が多かった。

 常に人が交差する街並みは目を回させるもので、あわあわとシエルドくんの服を握る。

 こちらを振り返った金髪の美少年が、困ったように微笑んだ。


「ユウ、大丈夫?」

「だ、大丈夫。はぐれる自信満々だけど!」

「いらないわよ、その自信」


 呆れ顔でこちらを覗き込んだ朔月さんが、ため息をついて俺の手首を掴む。

 そのままずんずんと進む彼女に、ずるずる引き摺られた。


「さ、朔月さん!?」

「何よ。文句あるなら、あんたのそのどんくさいところに言いなさいよ」

「良かったね、ユウ。女の子と手繋げて」

「これ、繋いでる? どちらかというと、連行されてない?」

「うっさいわね!!」


 眼光鋭く振り返った朔月さんが、顔を真っ赤にして怒る。

 即座に謝罪を叫んだ俺に反して、隣のシエルドくんはにんまり笑っていた。益々朔月さんの目尻が釣り上がる。


「あんたも手、出しなさい。連行してあげるわ」

「横三人で並ぶと危ないよ。遠慮しとく」

「ほんっといけ好かない!」

「朔月さんっ、俺の右手の血液が止まるー!」

「バーチャルだから平気よ!!」


 ぎゅっと込められた握力に、朔月さんと俺のレベル差を痛感する。

 朔月さんも、あさひなさんみたいに剣職が並んでいる人だったことを思い出した。

 ……実は彼女、結構強い人なんじゃないのかな?


 早足で過ぎ行く街並みは、何処かの外国を彷彿させた。

 牧歌的な雰囲気の色濃い第1都市ユークレースとは違い、第5都市ルベライトは都会的なものを感じさせる。

 前を歩く朔月さんが、歩調を緩めた。


「ガイドだったわね。……ルベライトは、何かどっかの外国をモチーフにした街なんですって」

「モンマルトルだよ。もう少し進むと、テルトル広場をイメージしたところに出るよ」

「あんた本当……ずるいのよ、そういうとこ……」


 朔月さんのざっくりとした説明を、シエルドくんが細やかに捕捉する。

 振り返った彼女は口惜しそうで、俺は俺で何処の国なのか全くわかっていなかった。小声でひそりとシエルドくんに尋ねる。


「どこの国……?」

「フランスだよ。テルトル広場は芸術家の集まる場所で、この辺の事情はメイが詳しいよ」

「何でひつじ娘が出てくるのよ」

「多分メイ、フランスの人だよ。翻訳間に合ってないときってシャンソンぽいし、時差も大体そのくらいだし」

「シエルドくんは名探偵なの?」


 シエルドくんが肩を竦めて微笑む。

 彼の頭の中、どうなってるんだろう? 俺が能天気過ぎるだけかな?

 シエルドくんにかかれば、ちょっとした不思議なんて、ちょちょいと解決してくれそう。シエルドくん、すごい。

 唖然とした朔月さんが、ぽつりと口を開く。


「……しるぶぷれ」

「なにをお願いするの、朔月」

「わかんないわよ……私、フランス語なんてそのくらいしか知らないわ……」

「ぼ、ぼーの!」

「ユウ、それはイタリア語だよ」

「めるしー、なんてどうかしら?」

「ああうん、それなら……!?」


 新しく増えた声に、シエルドくんが慌てて振り返る。

 びっくりする俺たちの前に、黒髪の女の人と、狼の頭をした男の人が現れた。

 さらりとした長い黒髪を靡かせ、女の人が穏やかな笑みを見せる。

 華奢な白い手を振る彼女に、朔月さんが表情を明るくさせた。


「エクレールさん! ヴォルフさん!」

「こんにちは、朔月ちゃん。そちらはおともだち?」

「え!? えー……そのぉ……」


 視線をさ迷わせる朔月さんが、冷や汗を掻いている。

 どうやら彼女たちは朔月さんの知り合いらしい。困惑しているシエルドくんの前に出て、ぺこりと頭を下げた。


「朔月さんの友達のユウです。こっちはシエルドくん」

「……どうも」

「まあ! わたしはエクレール。うふふ、よろしくね」

「ヴォルフだ」


 ぱっと表情を輝かせた黒髪の女性、エクレールさんがにこにこと微笑む。

 背の高い狼の人が、低い声で名乗った。

 視線をさ迷わせる朔月さんが、俺の脇を肘で小突く。赤い頬を咳払いで誤魔化した彼女が、ふたりを手で示した。


「おふたりは、私の所属してるギルドの偉い人なのよ!」

「あら、そんなことないわ。気軽に話しかけてちょうだい」

「今、彼等にルベライトを案内していたんです!」

「まあまあ!」


 生き生きと頬を紅潮させて説明する朔月さんに、エクレールさんが花が綻ぶように笑う。

 一頻り頷いた彼女が、白い指を立てた。通りの方へと示されたそれを、顔を向けて追う。


「あっちにね、おいしいケーキ屋さんがあるの」

「そうなんですか!」

「ええ。レモンタルトがおすすめよ」


 軽やかに微笑んだエクレールさんが、ひらりと手を振る。

「デートの邪魔して、ごめんなさい」茶目っ気の込められた一言に、朔月さんが真っ赤になった。


「ちがっ、違いますって、エクレールさん!!」

「うふふ。わたしたちもデートしましょうか、ヴォルフくん」

「遠慮する」


 人混みに紛れた黒髪と、頭ひとつ飛び出た狼の後姿が遠退く。

 両手で頬を押さえた朔月さんが、ぎくしゃく動いた。

 ……年頃の女の子を襲った大打撃だ。繊細な心が心配だ。


「朔月さん、大丈夫?」

「だっ、大丈夫に決まってるでしょう!? ほ、ほら! 何か欲しいものがあるなら言いなさい! 案内してあげるわ。大体揃うから!!」

「……じゃあ、おすすめのレモンタルト、買いに行ってもいい?」


 思案気に沈黙していたシエルドくんが顔を上げ、意外な買いものを提案する。

 不思議に思って見詰めると、彼が淡い笑みを浮かべた。


「マスターへのお土産。あまいのすきでしょう?」

「あ、そうだね」

「じゃあ行くわよ。とっととついてきなさい!」


 先陣を切る朔月さんに促されるまま、人混みを抜けて一軒のケーキ屋へと辿り着いた。

 カフェスペースの併設されたそこは人で賑わい、可愛らしい内装をしている。


 一瞬遠くを見詰めたシエルドくんが、「マスターに通じるものがある……」と震えた。

 どうやら過去の模様替えシリーズの中に、似たようなものがあったらしい。

 ……マスターには、このお店を教えない方がいいのかも知れない。触発されちゃう……。


 ショーケースの中で整列したケーキを朔月さんと眺め、ショートケーキのイチゴを後に食べるか先に食べるかで論議する。

 その間にシエルドくんが五つのレモンタルトを購入し、ひとつを別の箱に入れてもらっていた。


「はい、朔月。同じのでよかった?」

「……え?」


 差し出された半透明の袋を咄嗟に受け取り、朔月さんが戸惑いに瞬きを繰り返す。

 しれっとしているシエルドくんは、「洋生菓子を先に買っちゃった……困ったな……」と全く違う議題に頭を割いており、その心配事の顔のまま「ユウ、ごめんね」と謝っていた。


「……シエルドくん、絶対に女の子にもてる」

「そんなことないってば。ほら、外出よう」

「あんた本当……っ、そういうの本当……っ」


 折角引いていた頬の赤味をぶり返させ、朔月さんが白い箱で顔を隠す。

 お洒落な硝子戸の向こうは明るい日差しに満ちていて、街路樹の緑がきらきら輝いていた。

 店先を飾る赤いテントと対比する中、普段通り瞬いたシエルドくんが、申し訳なさそうに眉尻を下げる。


「朔月、ごめんね。あんまり長居出来なくなった」

「もういいわよ……あんた本当、刺されないように気をつけなさいよ」

「うん?」

「ああもう、タルトありがとう。気をつけて帰りなさいよ!」


 瞬き一瞬で青い光を撒き散らせ、朔月さんが視界から消える。

 きょとんとしたシエルドくんが首を傾げ、こちらへ振り返った。


「確証も得られたし、ぼくたちもギルド行こっか」

「確証?」


 頷いたシエルドくんが、タルトの入った白い箱を指し示す。

 半透明の袋に透けるそれには、何となく見覚えがあった。


「ちょっと前に、大量にシュークリームとエクレアがあったでしょう?」

「うん、あった」


 シエルドくんの言葉に、記憶の縁からマスターがほとんどひとりで全部食べたシュークリームたちを思い出す。

 俺もシエルドくんもあさひなさんも、ひとつで充分満腹になったあれだ。

 あの見た目幼女の中に次々と吸い込まれていく洋生菓子に、高名な掃除機を連想したのは記憶に新しい。結構戦慄した。


「あの箱、ここのお店のものだよ」

「よく覚えてるね……?」

「最近の出来事だったからね」


 苦笑を浮かべたシエルドくんが、週の頭から濃密だったもんねと、色々あった過去を呟く。


 日曜日に朔月さんが殴り込みに来て、月曜日に彼女から『あかい町』の話を聞き、火曜日は俺がそうたくんの学校へ行ってしまい、水曜日にシエルドくんの『ちゅうせん』のスキルが消えた。

 そして今日、木曜日。朔月さんのドッペルゲンガーが出来た。


 思い返した今週が、走馬灯のように駆けていく。

 改めて思うけど、怒涛だね? 何処を切り取っても濃密だよ?


「多分、あのシュークリームの山、買ってきたのエクレールって人だよ」

「そうなんだ!?」

「あさひなが、黎明の騎士団のあるルベライトに来るとは考え難いし、マスターは『もらった』って言ってた。

 あれだけの量の日持ちしない洋生菓子を二種類。多分送り主は、うちのギルドの総人数を知らなかったんじゃないかな?

 きっと本人が大所帯に属してるから、大人数を想定したんだと思う」

「…………」


 どうやらうちの名探偵は、今日も灰色の脳細胞が冴え渡っているようだ。俺、助手役務まってるかな……?


「シュークリームをもらったのが、朔月が殴り込みに来た翌日だったし。エクレールって、確かランキング上位者だったよ。

 朔月が慕ってたから、相談相手って、この人のことじゃないかな?

 偉い人って言ってたし、多分黎明の騎士団の幹部だね。あさひなの苦手なところだから、ユウも気をつけてね」

「シエルドくんって、すごいね……」

「起こったことを繋ぎ合わせただけだよ。ほら、ギルド行こう?」

「うん……」


 シエルドくんのスナイプ能力に戦慄する。

 何だか、そうなんだろうなと納得してしまうところがある。彼に隠しごとって、出来なさそう……。


 第1都市ユークレースに移動先を合わせたシエルドくんが、一足先に青い光に包まれる。

 ようやく慣れてきた手順を辿っていた視界に、青い髪の後姿が映った。

 先ほど別れたばかりの彼女かと思い、顔を上げる。

 移動の光越しに、揺れた長い髪が白い花の髪飾りを晒した。

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