第35話 旧サーバー探検ツアー開始

 こんばんは、ユウです。

 今、新設の第9サーバーから、廃墟となった第5サーバーに来ています。あさひなさんと一緒です。

 これから『 nil 』と『あかい町』を調査するため、第3都市コランダムへ向かいます!


「あさひなさんとデート、あさひなさんとデート、あさひなさんと……」

「照れます、ユウさん」


 こわさを紛わせるために、魔法の呪文を唱える。何度も唱える。

 あの美しさの集大成である、あさひなさんを独り占めしてデートしているんだ。

 うん、そう考えたらこわさも……減るわけないんだなあああああ!!


 頭上から、言葉通り照れた声音が降ってくる。

 ちなみに俺の現在地はあさひなさんの背中だ。顔を押し付けて必死にしがみついて、彼の服を固く握っている。

 だってこわいんだ……!!

 廃墟探索とか、俺にそんな趣味はない!


 運営の一瀬さんから依頼された今回の調査だけれど、『 nil 』側からのハッキングを警戒して、少人数でしか派遣できないらしい。


 なので今ここにいるのは、囮用の俺と、玄人プレイヤーのあさひなさんだけだ。

 モニターはしてくれているので、何かあれば一瀬さんか平野さんが対応してくれる。

 あさひなさんがいるだけで相当心強いけれど、やっぱりふたりぼっちは心細い。


 俺のスペックはこわがりだ。オカルトノーサンキューだ。

 心からこわくて震えが止まらない。泣きそう。


「大丈夫ですよ、ユウさん。わたしが守りますから」

「あさひなさん……っ」


 がたがた震える俺の頭を撫でたあさひなさんが、ほわりと表情を綻ばせる。

 天上の輝きが差し込んだ気がした。光の舞い散るエフェクトが見えた。

 白い睫毛が光に透けて、神々しさを加速させる。あと、すっごくいいにおいがする。


 今日も最高に美人なあさひなさんの、頼もしい言葉に俺の心もうるうるした。


 けれども俺は知っている。あさひなさんはゴリゴリの前衛だ。

 俺を守るイコール、俺を担ぎ上げて飛び回るだ。


 これが下手なジェットコースターよりもスリリングなことを、初回の調査時に嫌と言うほど学んだ。

 仮想空間のはずなのに、内臓がふわっとする感覚があるんだ。

 脚は竦むのに、その脚を動かすことなく、あさひなさん任せで移動する。


 ……得体の知れないお化け屋敷と、人力ジェットコースター、どっちがこわいのマシなのかな?


 ちなみに俺は、どっちも悲鳴を上げられないタイプだった。

 安全な場所でなら、いくらでも叫べる。現地は無理だ。喉の奥が引き攣る。


 あー、こわいから意識を逸らそう。そうしよう!


「あさひなさん、第3都市コランダムって、どんなところなんですか?」

「そうですね……水の都でしょうか」

「噴水でもあるんですか?」


 あさひなさんの説明に、はてと首を傾げる。

 俺は若葉マークとひよこ印を背負った初心者プレイヤーだ。

 未だにメインストーリーを10章くらいで止めているし、全ての街へ行ったこともない。

 シエルドくんやあさひなさんと一緒に、地道に開拓している最中だ。

 朔月さくげつさんも色々とアドバイスをくれるので、とても頼もしい。


 肩越しに振り返ったあさひなさんが、ふわりと口許を緩めた。


「第3都市コランダムは、イタリアのヴェネチアを参考にしているそうです。街中に水路が巡らされ、ゴンドラが運航しています」

「へー! 見てみたいです!」

「サーバーに戻ったら、……デート、……いえあの、ご案内、いたします」


 ごにょごにょ、途中発音があやふやになったあさひなさんが、ぱっと前を向いて歩き出す。

 ずるずる引き摺られながら、彼の緩く纏めた白髪から覗いた耳が、真っ赤に染まっていることに気付いた。

 デートの一言で照れちゃうんだ!? かわいらしいな、あさひなさん!



 チェックポイントから道なりに進んで、ようやく辿り着いた鉄門に安堵の息をつく。

 どうやら転移システムに異常があるらしく、いつもならぱっと移動できるマップが使えなくなっていた。


 このシステムを復旧させることも、依頼内容のひとつだ。

 各街に配置された運営支部へ行き、システム管理室を起動させる。

 ……でもこれ、本当に起動させて大丈夫なのかな? 『 nil 』絶対気付いているよね? 襲われない?

 いや、もう既に襲われてるんだけど、もっとビッグに襲われない? ……不安だなあ。


 門を潜ると、『第3都市コランダム』との電光文字が、視界の端に表示された。

 あさひなさんの誘導に従いながら、広場を抜ける。階段を下りた先の光景に驚いた。


「すごい! 水の中に階段がある!」

「……これは」


 薄い色をした水の中に、揺蕩う景色が沈んでいる。

 覗き込んだ足許には街並みが透け、時計塔やレンガ造りの建物が水中から顔を出していた。

 すごい! 水没具合が幻想的だ! 水面がきらきらしてる!


「あさひなさん、これ、どうやって下りるんですか?」


 わくわく、階段の先に広がる水面まで近付き、あさひなさんへ振り返る。

 難しい顔をしていたあさひなさんが、困ったように微笑んだ。


「どうやって下りましょうか。ここまで水没しているのは、初めてなので……」

「……つまり、異常状態だと」

「……はい」


 躊躇いがちに頷かれ、はしゃいでいた心がすんと静まる。

 ……そっか。知らない方がいいことって、あるんだね……。


 静々とあさひなさんの元へ戻ろうとした俺の脚が、何かに掴まれた。

 がくりと揺れた視界に、心臓が止まりそうになる。足首に纏わりつく濡れた感触は、とても生々しかった。

 あさひなさんに支えられて事なきを得たけど、ばくばく弾む心臓に泣きたくなる。


「水中からの洗礼やめて。俺、ずっとあさひなさんと手繋いでいます……」

「いざとなったら、担ぎますね」

「あさひなタクシー……」


 あさひなさんにしがみつきながら、潤む視界を押しつけた。

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