第20話 急募:図書室への道

「なあなあ、このオカルトスレ知ってるか?」

「知ってるー! 最近多いよな、この手の話」

「おい、ユウ! お前このオカゲーやってたよな? どうなんだよ」


 教室の窓際の席を占拠した友達が、俺の苦手な話を吹っ掛けてくる。

 何がオカルトゲームだ。その認知の仕方をやめてくれ。改めよう?


和泉いずみと口利かない」

「悪い悪い! そんな怒るなよ!」


 けらりと笑った和泉が、端末を片手に謝る仕草をする。

 俺の席に座るリョースケが、頬杖をついてけらけら笑った。


 放課後である現在は教室に残っている生徒も疎らだ。

 部活の声や吹奏楽の音、誰かを呼ぶ女子の声など、色んな音が混じり合っている。

 誰かが廊下を走る音と、ふざけ合う声が教室に近付いて遠退いた。


「お前、ほんっと昔っからこういう系統、苦手だよなあ」

「うっさいなー。別にそんなんじゃないから」

「『プレイヤーのいないキャラクター』に、『いるはずのない魔物』、それからー」

「ああああああっ和泉なんかだいっきらいだあああああああ」

「はっはっは!」


 脳裏を過ぎた、平野さんののんびりとした怪談と、紅蓮に燃える星屑の森。

 イフリート大量出荷、と大胆な評価をした一瀬さんのお陰で、精神衛生がぎりぎり保たれる。


 恐らく見出しだけを読み上げているのだろう、にんまり顔の和泉の眼鏡をかち割りたくなった。

 そのいじめっ子精神、よくないと思う! 俺がこわがってるの見て楽しむその性癖、間違ってると思う!!


「こわくない感じで朗読したら、案外いけるんじゃないかな?」

「リョースケと絶交する」

「怒んな怒んな。いくぞー」

「せめて俺の席でやらないで!!」


 机に置いていた二冊の本を引っ手繰り、二人から離れる。

 威嚇して逆毛を立てる俺を面白そうに指差し、和泉がお腹を押さえて笑った。

 ……ちょっと顔が良いからって、調子に乗るなよ! 絶対その眼鏡にひどいことしてやるからな……!


 付き合いの長いリョースケが愉快気に笑い、席を立って俺の肩を組んだ。おい、やめろ。


「これ、不思議なんだよなー。『誰もいないマップ』ってあるだろ? でも似たような『知らない場所』ってのもあるんだ」

「リョースケと3日絶交する」

「類似品並べるなんて、二番煎じもいいとこだろ? もっと面白いの書けよって思うんだわ」

「和泉と14日絶交する」

「俺喋ってないし、何で俺の方が長いんだ」


 笑いをおさめた和泉が、にやにや笑って頬杖をつく。

 背の高い彼が脚を組むと、余計長さが強調されて嫌味っぽく見える気がする。

 多分この悪感情は、俺をいじめることに楽しみを見出している和泉だからこそだろう。

 お前の眼鏡に明日はないと思え……!


「内容に違いとかないのか?」

「待ってろー。ああこら、ユウ暴れるな。

 えっとなあ、『誰もいないマップ』が古い方だな。ログインしたら、見知らぬ場所に放り込まれるんだと」

「明日のリョースケの昼ごはん、全部にふりかけかけてやる」

「よっし、明日はおにぎりで決まりだな」

「きらいだー!!」


 俺の脅し文句すらも、あっさりとかわしたリョースケに情緒不安定な内情を叫ぶ。

 しかしにこにこしている彼は相変わらず、端末をスクロールする手を止めない。


 脳裏に浮かんだ該当人物は朔月さんで、しかし彼女は「作り話だと思っていた」と言っていた。

 だとするなら、最初に体験した人と、ここに情報を落とした人は、誰だろう?


「『知らない場所』の方は新しいな。……一昨日? 更新日すっげー新しい」

「パチモン疑惑、濃厚か?」

「えっとなー。……んん? いや、何か違うっぽい。普通に日常生活に食い込んでくる……のか?」

「え、こわ」


 リョースケのもたらした情報に、素直に和泉が眉間に皺を寄せる。

 きみが感じている恐怖の数千倍の恐怖を、俺は今感じているよ。こわがりなめるな。


 難しい顔をしたリョースケが画面をスクロールし、首を傾げる。

 俺を解放した手で乱雑に頭を掻き、彼が唸り声を上げた。


「んー? 何て言ったらいいんだろ。結構内容が支離滅裂でさ。さすがにユウには見せられない系」

「リョースケありがとう、絶交解除する」

「あんがとよ。和泉、見てみろよ」


 気軽に手渡された端末を受け取り、和泉が眉間の皺を深めながら指先で画面を送る。

 リョースケと同じように首を傾げた彼が、不可思議そうな顔で端末を持ち主へ返した。


「これ、載せるとこ間違えてないか?」

「さあなあ? 一昨日着だし、まだ反応薄いのかも」

「端的に言ったらこれ、KAMIKAKUSHI だろ」

「ザッツライト」


 指差し合い、リョースケと和泉が頷く。

 KAMIKAKUSHI ……かみかくし……神隠し……。

 豊かな想像力が暴走を始める前に踵を返し、オカルト談義に花を咲かせる友達から離れた。


「おーい、ユウ? 何処行くんだー?」

「図書室」

「エリちゃん先生か!?」

「ちっがうし!! 返却期限、今日までだったの忘れてただけ!」

「なーんだ。いってらー。早く帰って来ないと、先帰るぜー」

「和泉と絶交、30日にしてやる!」

「一ヶ月!!」


 ぴしゃんと引き戸を閉じ、図書室を目指してずんずん進む。


 帰ってゲームをつけたら、あさひなさんに慰めてもらおう。

 シエルドくんはこわい話とか平気っぽいし、それに何だか最近、えすっ気が垣間見える気がする。

 うん、話をするなら断然あさひなさんだ!

 あさひなさんの優しさに癒してもらおう!




 図書室は別棟にある。

 二階の渡り廊下から入れるそこへ行くためには、まずこの階層の階段を下りなければならない。


 先ほどまであんなに賑やかだった周囲は、ほとんど下校したのか静かだった。

 時折遠くに微かな声が響くのみで、俺の上履きがリノリウムの床を鳴らす音しか聞こえない。


 脳裏に過ぎそうになった怪談話を、頭を振って追い払い、夕焼けの広がる窓を横目に過ぎ去る。

 赤味の増した日差しの射し込む廊下を進み、薄暗い階段を一段下りた。


 何気なく手元の本を確かめ、踊り場で手摺りを掴む。

 遠心力を利用して身体を反転させ、次の段へ軽快に足を乗せた。

 背後から射し込む光が、段々に赤い影を描く。


 階段を降り切ったところで、感じた違和感に首を傾げた。


 何がどうとは表現出来ないが、何かがおかしかった。

 不可思議に思いながらも、渡り廊下を目指して廊下に出る。そこで思わず立ち止まった。


「……? ……??」


 渡り廊下は、階段を下りて、右折した先にある。

 俺は図書室の常連で、この道は数え切れないくらい通った。


 けれども目の前には右折する道がなく、そもそも壁しかない。

 見慣れない窓からの景色に、胸中がざわめく。


 階層を間違えたのだろうか?

 慌てて階段を確認すると、壁にかかっている階数を示す数字の書体に見覚えがない。

 俺の混乱は最高潮に達していて、急いで元来た階段を上った。


「わっ」

「ごめんなさい!」


 階上から降りてきた人とぶつかり、抱えていた本が階段に散らばる。

 文庫本は広がることなく乾いた音を立て、頁が折れなくて良かったと場違いながらも安堵した。

 拾い上げた二冊のそれを腕に抱き、改めて目の前にいる人を見上げる。


 ……黒色のブレザーだった。グレーチェックのズボンは、うちの制服じゃない。

 うちの制服は、ブレザーもズボンもダークグレー一色の有り触れたもので、こんなおしゃれさん、うちにはいない。

 そう思っているのは向こうも同じなようで、大人しそうな少年が、驚いたようにこちらを凝視していた。


 一瞬で喉が干上がったかのように、口の中が渇いている。

 カラカラなそれを無理矢理唾液で嚥下し、恐る恐る少年に尋ねた。


「……あの、……ここ、……西高、ですか……?」

「…………ううん、……常盤学園」


 踊り場に立つ少年の背後から、赤い西日が差す。最初に感じた違和感の正体がわかった。


 方角が違うんだ。俺のいた校舎は、廊下の窓から西日が差していた。

 踊り場は正反対に位置するため、こんなにも煌々とした赤い光が射し込むなんておかしい。


 うっかり泣きそうになった。直前までリョースケと和泉が話していた内容が、頭の中で何度も繰り返される。

 絶対和泉の眼鏡を酷い目に合わせてやる……!


「……その、大丈夫……?」


 少年が俺の前で手を振った。はたと顔を上げ、上手く動かない口を何とか動かす。

 絞り出した声は震えていて、非常にかっこ悪かった。


「……職員室、教えてください……っ」

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