第2話 ご紹介にあずかりました
「まず、先ほどいた場所が『始まりの時計台』です。この街のリスポーン地点なので、恐らく一番混雑しているところだと思われます」
「そんな場所に長々と縛りつけてしまい、申し訳ございませんでした……!!」
「構いません。わたしも始めはあんな感じでしたし」
緩やかな足取りで隣を歩くあさひなさんが、ふんわり、笑みを浮かべる。
風に吹かれる美人の眩しさに、思わず目許に腕を翳した。
これで親切心に溢れているのだから、人の世も捨てたものじゃないと思う。
時計台は石造りで、正面の文字盤のみがアナログ表示。四方をデジタル文字が照らしている。
文字盤には大小二重に輪がかけられており、正直天文学とかさっぱりな俺には「お洒落でかっこいい時計台」との見解にしか至らなかった。
「ここが『広告塔』ですね。運営からのお知らせや、簡単なニュース、または募集などが表示されています」
あさひなさんが手のひらで示した、人垣で囲われた電光掲示板。
大きな支柱を中心に、幾重もの青い画面が巡っている景色は壮観だ。
ひとつひとつ、画面の中に白光の文字が流れている。
「支柱の傍にいる金髪の人が、NPCです。困ったことがあれば相談するといいですよ」
「はー」
百貨店なんかにいそうな出で立ちのお姉さんが、淡い微笑みをたたえながらプレイヤーの応対をしている。
あの制服の人は、どの街にも必ずひとりは常駐しているそうだ。
話の内容によっては運営まで報告が入るらしい。
なるほど。操作手順とかでお姉さんには当分お世話になると思う。
「向こうに見えるガラス張りの建物が、運営の窓口です。この街のものは支店で、本部は第5都市にあります」
「へー」
「不具合や問題があった際は、運営に連絡してください」
「わかりました」
建物の隙間から窺えた硝子の四角い事務所に、頷きあさひなさんへ顔を向ける。
俺の歩幅に合わせてくれる彼が、対向から来た人を避け、大通りを指し示した。
「ようこそ、第1都市ユークレースへ」
「今のところもう一度いいですか? スクショ撮りますんで」
「えーっと、……恥ずかしいのと、道の真ん中は止めておきましょうか」
やんわりとした微苦笑でかわされ、往来の端へと誘導される。
何処からともなく流れる音楽は軽快で、賑わう街路は商店露店、走る子どもに大荷物を抱える人など、大変に混雑していた。
これまでの人生で海外旅行もしたことのない俺にとって、西洋美人さんや欧米かっこいいさんと擦れ違うことなんて、滅多にない。
更にはもふもふの耳や尻尾、羽に角に長い耳と、多種多様な種族の人の行き来に呆気にとられた。
大きな駅を彷彿させる人の流れを、ぽかんと見送る様を小さく笑い、「はぐれないでくださいね」あさひなさんが先陣を切る。
比較的流れのわかりやすい端を歩く彼を追い、白い髪を見失わないよう懸命に脚を動かした。
見回した周囲は賑やかに見慣れないものを売っており、威勢の良い店員の声にあちらこちらへ目移りした。
途中香ったおいしそうなにおいが、昼時を思い出して空腹感を抱く。
勿論ゲームを始める前にきちんと昼ごはんは食べたし、ここは仮想空間だというのに不思議だ。
腕を引かれ、はたと正面へ向き直る。
苦笑しているあさひなさんが、俺と手を繋いだ。
自分の手の先にある黒いグローブに、やっべ、美人なお兄さんと手繋いじゃった。迷子の幼児ちゃんかよ……。気恥ずかしさを抱く。
「すみません……」
「この時間帯は特に混みますから。もう少しすると、もっと歩きやすくなりますよ」
柔らかな微笑みで顔を覗き込まれ、俺が女の子だったら確実に恋に落ちてたと感慨を抱く。
あさひなさんのファンクラブがあったら入るわ。罪深いな、この人。
「ここの商店で売買されているものは、生産系の方々が作ったものなんです」
「フリマみたいなものですか? はー、楽しそう」
「そんな感じですね」
小さく笑ったあさひなさんが一本の路地へ入り、煤けた階段を上る。
何処へ行くのだろうと、疑問を持つ俺の手を離した彼が、一枚の扉の前に立った。
「ここがわたしの所属しているギルドです。お茶でもお淹れしますね」
「えええっ、悪いですよ……!」
あさひなさんの親切に乗りすぎじゃないか! の思いと、勧誘とか詐欺とかマルチ商法とかだったらどうしよう! との思いが複雑に絡み合う。
慌てる俺を置いて、呆気なく扉が開かれた。
建物の外観から想像していた以上に、内装は白く整っていた。
木目の床が一面に広がり、木製の大きなテーブルと、白いソファが二台置かれている。
壁にかかった額縁は観葉植物なのか、緑がはみ出していた。世の中にはこのようなインテリアグッズがあるのかとしみじみ思う。
棚に並んだ植物の詰まった瓶とか、昨今の女子に人気のあれだろ。薄らぼんやりと知識はあるぞ。
「マスター、また模様替えしたんですか?」
「おう、あさひな。おかえり」
部屋の奥から聞こえたバリトンボイスが、アリスブルーに塗装された扉から現れる。
予想していた位置より遥か下の方から、金髪をツーテイルにした幼女がフリルのドレスを揺らせていた。
えっ、待って、さっきの渋い良い声、何処からしたの?
「何だ、客人か?」
「はい。なのでお茶をお出ししたいのですが、台所何処になりました?」
「あっちだ」
幼女が口を開く度、バリトンボイスが鼓膜を震わせる。
あさひなさんが華麗にスルーしている様子から、この渋い声はこの幼女から発せられているらしい。
幼女が指差した方へ、あさひなさんが姿を消した。
待ってあさひなさん、置いてかないで。
えええええ、現実が俺の価値観を全力で殴ってくるんですけど……!!
狼狽える俺を見上げた幼女が、可憐な見た目に似合わない男前な笑みを見せた。
「坊主、そこに座んな」
「は、はい……」
「驚かせたようで悪いな。俺は『骨抜きチキン』だ。ここでギルマスやってる。好きに呼べ」
「情報量多いですね!!」
ははは。快活に笑った幼女が、中年のおじさんがよくやる座り方でソファに身を沈める。
缶珈琲とか缶ビールとか似合いそう。見た目幼女だけど!
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