第8話 美青年と美少年が視界を潰しにくる
あれから何事もなく8章まで攻略でき、晴れて俺も第1都市ユークレースから飛び立てることになった。
お祝いにと着せられた衣装は何処となく余所余所しくて、姿見の前で照れてしまう。
贈り主であるあさひなさんが、素敵な笑顔で俺の周りを回った。
「よくお似合いです、ユウさん!」
「あの、……そろそろ、……その」
あさひなさんが指先に留まらせている、一つ目の機械。
蝙蝠のような羽の生えたそれは全プレイヤーに与えられているカメラ機能で、例えば一人称視点から三人称視点へ切り変えたいときなどに活用する。
また、スクリーンショット機能も備わっているようで、露店で風景の写真集を販売している人を見かけた。使い方は色々というやつだ。
一つ目が瞬きする度、シャッターが切られている。
先ほどからあさひなさんのカメラが、ぱちぱち瞬きを繰り返している。
……どれだけシャッター切る気なんだろう、この人……。
羞恥心から俯き顔を覆うと、ようやく呆れた声が止めてくれた。
「あさひな、程々にしてやれ」
「すみません、塞き止められていた反動が……」
「激しいな」
おっさんくさくソファに座った幼女がため息をつく。
そそくさとマスターの傍へ避難するも、片手で口許を覆ったあさひなさんの調子は元に戻らなかった。
「夢に見れるくらい、目に焼き付けておきます」
「素直にこわい」
はははっ、笑う声に蝶番の音が混じる。
反射的に視線を向けると、率直に「美少年」と称するに相応しい少年が立っていた。
「……久しぶり」
「お久しぶりです! シエルドくん!」
「よお、シエルド。今のあさひなは危険だぜ?」
「うん、タイミング間違えたって思った」
中々に察しの良い彼が、部屋の明かりに照らされる。
白く滑らかな肌と、淡い色合いの金髪。長い睫毛の下には紫苑色の目があり、あさひなさんとは別系統で美人だった。
気だるそうな少年の目がこちらを向く。
「新入り?」
「ああ、最近入ったユウだ」
「ええっと、はじめまして……!」
「シエルド」
黒いグローブが俺の右手を握り、数度揺する。
端的に自己紹介を終えた美少年が、静かにカメラを起動させていたあさひなさんへ目を向けた。
カメラに怯むことなく、小さく嘆息する。
「あさひな、コスモ育てたい。ついてきて?」
「喜んで」
きりり、シャッターを切りながらあさひなさんが応答する。
今日だけであさひなさんへの印象が大幅に変わってしまった。優しいだけのお兄さんではなかったんだ……。
こすも? 首を傾げる俺に、美少年が振り返る。
「シリーズ武器の総称。無課金でも育てたら強くなるから、おすすめだよ」
「まあ、ユウにはちっと早ぇかな」
マスターの補足に、へえと納得の声を上げる。武器の確認を終えたシエルドくんが、小首を傾げた。
「来る?」
「お、いいね~。おっさんもあさひなのデート、邪魔してやろう」
「で、デートだなんて……!!」
意地悪く笑ったバリトンボイスに、顔を真っ赤に染めたあさひなさんが慌しく手を振る。
何となく感じた疎外感に、戸惑いながらも頷いた。
「……邪魔にならないのなら」
「うん」
ほんのり微笑んだシエルドくんは、あさひなさんがメロメロになるのもわかるくらいの美少年だった。
*
「何だか、現実時間は真夜中なのに、明るい外って違和感ありますね」
「あー、そうだなー。体内時計崩れる感じがあるわー」
「ちゃんと寝てくださいね、マスター」
マップ名は黒い森だが、木々の隙間から差し込む日差しは眩しい。
時折樹木に張り付く結晶が反射し、視界に影を残した。
あさひなさんを先頭に、シエルドくん、俺、マスターと続く。
シエルドくんの職業も剣士なのか、彼の腰には細身の剣が下がっていた。
「ユウも剣士?」
唐突に振られた話題に、思わず言葉を飲み込む。悩みながら音を発した。
「一応。8章までは剣士で行こうと思ってたから、そのまま」
「そっか」
口数の少ないシエルドくんは、何となく淡々としている。
キャッチボール出来なかった会話の糸口が見当たらず、無力感から頭上を仰いだ。木漏れ日が優しい……。
がさり、響いた大きな音に、弛緩した空気に緊張が走った。
「敵ですね」
「ドロップ率上げてやるな」
「ありがとう、マスター」
橙色の画面が警告音を鳴らす。
そこにいたのは、頭が三つ、縦に並んだ魔物だった。
小刻みに震える頭部がこちらを見下ろし、立ち上がった長身が目測3メートルと威圧する。
剣を抜いたあさひなさんが、「マスターの後ろへ」硬い声で囁いた。
シエルドくんも剣を抜き、唇に指を当てる。詠唱に合わせて、彼の周りを円転する陣が囲む。
「弱体かけた! あさひな、行って!」
「わかりました」
短い風切り音を立て、あさひなさんが魔物へ切りかかる。
立て続けのそれを受けるも、魔物はゆったりとした動作を崩さない。
暴れるように弾んだ真ん中の頭が、突如目の前まで迫ってきた。
喉の奥で鳴った悲鳴を、揺れたツーテイルが遮る。
炎陣を上げたそれが炭化し、他の首がぐるぐる回った。雷光が一直線に巨体を貫く。
「ッ、麻痺外れた!!」
「構いません! マスター!」
「おうっ、おねんねしな!」
マスターが放った術に、魔物の身体が仰向けにくの字に折れる。
あさひなさんがその真ん中へ剣を叩き込んだ。鼓膜を揺さぶる断末魔が、草木をざわめかす。
倒れ伏したそれが、黒い塵を巻き上げた。
知らず詰めていた呼吸を吐き出し、不意に横目に映った橙色の画面にはっとする。
「……終わりましたか」
「あさひなさん!!」
剣を抜こうと手を伸ばしたあさひなさんを突き飛ばし、勢い良く振り下ろされた長い手の下敷きになる。
辛うじて翳した剣は呆気なく折れ、巻き上がる土煙に赤黒い液体が飛散した。
切羽詰ったあさひなさんの声が響く。
「ユウさんッ!?」
幸いにも切り落とせた敵の中指が俺を避け、力尽きた黒い手が塵とともに消え去る。
晴れた土煙が何事もなかったかのように木漏れ日を通した。
真ん中から弾け飛んだ剣の片割れは遥か彼方。不恰好に尻餅をついた状態の俺に、あさひなさんが駆け寄った。
「ユウさんっ、お怪我は……!?」
「大丈夫です、あさひなさんこそ、いだだだッ」
「ユウさんの可憐な左手に重傷がああああわたしの怠慢があああああ」
「今最もあさひなさんがこわい!!!」
遅れて駆けて来たシエルドくんが、うっかり血だらけになった俺の左手を掴む。
運営の治療室でも聞いた治癒術の詠唱に、どくどくと脈打っていた傷口の痛みが和らいでいくのを感じた。
お礼を告げると、悲しげな顔を俯けられる。
「ごめん、怪我させた」
「いいって! 俺が勝手に突っ込んだだけだし」
「注意が足りてなかった。ごめん」
なおも言い募る自責に、無事な右手で柔らかな金髪をぐしゃぐしゃと撫でる。
驚いたように顔を上げたシエルドくんへ、にっかり、笑顔を向けた。
大体俺、ほぼ見てるだけの守られるだけだったし。少しくらい役立ててよかった。
「みんな無事だったんだし、こうやって怪我も治してくれてるし、大丈夫だよ!」
「……ユウはいい人だね」
ふんわり、和らいだ紫苑色の瞳に、美少年の微笑みの破壊力を思い知った。
俺の左手を両手できゅっと握ったシエルドくんが、ゆっくり解放する。
傷跡ひとつ残っていない蘇生力に、感嘆の声を上げた。
「あさひなさん! これでばっちりです!」
「よ、よかったですっ、ユウさんに傷が残ったら、わたし、どう責任取ろうかとっ」
「大袈裟すぎませんか?」
すんすん、呼吸を乱すあさひなさんの、長い睫毛に涙が絡んでいる。
……今後は身の振り方に気をつけよう。そう決意した。
魔物が倒れた辺りの土を蹴っていたマスターが、考え込むように顎に手を当てる。
こちらの視線に気づいたのか、訝しい顔から一変、明るい笑顔を見せた。
「よく気がついたな、ユウ」
「橙色の画面に、体力が表示されていたんです」
「橙……? まあ、何にしてもお手柄だ。将来大物になるぜ?」
背伸びした幼女にわしわし頭を撫でられ、バリトンボイスに褒められ、混乱からか複雑な胸中に陥る。
素材を回収し終えたシエルドくんが、ほんのり笑みを浮かべた。
「あさひなが新しい子に貢ぎ出したって思ったけど、ユウがいい人でよかった」
「どういう意味でしょうか、シエルドくん!?」
「ユウ、一緒にあさひなの浪費を抑えようね」
「待って、わたしの生き甲斐!!」
「あさひなには、ぼく以上にかわいい子がいるの?」
「んんんんッ!!!」
あざとく傾げられた小首に、真っ赤な顔で口許を覆ったあさひなさんが悶える。
今日だけで随分あさひなさんの印象変わったなー。
やっぱりシエルドくんからも浪費癖だと思われてたんだー。このギルドのメンバー濃いなー。
マスター、幼女の顔でその笑い方やめてください。おっさんくさいです。
「写真、撮らせてくれるのでしたら」
「今日はもう眠いから、また今度ね」
「さては小悪魔だな、シエルドくん」
精一杯のあさひなさんのおねだりを軽やかにかわしたシエルドくんは、少しだけ得意気な顔で笑った。
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