ぱたぱたとドミノが倒れるように

ユリが施設に侵入してから、ぱたぱたとドミノが倒れるように戦局が塗り換えられていく。


いくつかの地点で行われ、ある程度の均衡を見せていた【ハイゼンベルク】と【連合】の戦闘は、一気に連合有利に傾いた。

すなわち、ユリを止めないことには――確実に勝機はない。



水仙とアザレアは通路の途中で停止して、目の前の男たちと対峙している。

二人。

少年と呼ぶほうがしっくりくる、未だ幼さの残る茶髪の男、そして――グレースーツを着た男。


「また会いましたね」

「……」


もちろんすべてが順調に行くとはこれっぽっちも考えていなかった。それでも、あまりに早い。


メルトのガイドによると、目的地――すなわち現在ユリがいると目される部屋まで、あと数ブロック。

距離にして、百メートルほど。


そこで、水仙とアザレアはこの二人に待ち伏せをされていたのだった。


ユリを別格として、それ以外の敵は【アップ】系が二人と【ダウン】系が一人。

グレースーツの男は、昼間の戦闘から【アップ】フレーバー使いと判明している。もうひとりの少年はおそらく【ダウン】系だろう。

ユリが終局させた戦闘に参加していた二人が、そのままこちらの行動を妨害しに来ていると見ていい。


「申し訳ありませんが、再開を喜んでいる時間がないもので……スーツのあなた。昼間の戦いで分が悪いことは理解して下さったかと思うので、ここはひとつ、退いて頂けないでしょうか?」

「……ざけんな」


グレースーツの代わりに、水仙に応えたのは茶髪の少年だった。水仙を睨みつけ、吐き捨てる。

やや高い声とぶっきらぼうな敵意が、彼を見た目以上に幼く感じさせた。


水仙は軽くため息をつく。優雅さを伴って軽く腰を曲げ、アザレアに何かを耳打ちする。

アザレアはそれにやや躊躇いを見せたが、固い表情で頷いた。


「さて……」


水仙はその手に持つ杖を床に打ち付け、コンクリート張りの床はコンコンと固い音を響かせる。

それは彼の闘志を全面的に支持して、戦いに流れる血を待ち望んているように思えた。


「仕方ありませんね。それでは、きちんと理解して頂けるまで――と参りましょう」


その語尾は、風を切る拳に乗ってグレースーツの男へと叩きつけられた。

――グレースーツの男は、そのまま前に進み出て水仙の拳を受け止める。手のひらから生じさせた白い紐を拳に絡めて、その勢いを殺していた。


白い光が弾け、両者の間に熱風が奔る。


水仙の目が、驚きに軽く見開かれた。


【ダウン】は単独での戦闘に向かない。その理由のひとつとして、直接的な攻撃手段を持たないことが挙げられる。

したがって【ダウン】使いは【アップ】あるいは【チャーム】と組んで、防御を一手に担うことが常である。実際に、アザレアと水仙が組んで仕事をするときもそのスタイルを採ることが多い。


したがって、グレースーツと少年が二人一組で出てきた時点で、戦闘における役割分担を考慮してのペアであると仮定できた。少年が【ダウン】であろうと見ていた水仙は、グレースーツへの攻撃を呼び水として少年を動かして、まずは未知であるその能力の特性を場に出すことを目的としていたのである。伏せられた手札をまずは見せてもらおう、という初手であった。


ところが少年が水仙の攻撃の防御に動かず、グレースーツが直接、水仙の拳を受け止めたことで――やや、意表を突かれた形となる。


一方の少年は、アザレアへと向かって駆けていた。水仙は心の中で舌打ちする。四人での混戦は避けたい。

もう少し引きつけたかったが、決行のタイミングを逃すわけにはいかない。


「アザレア!」

「――いまやるってば!」


鈍い音を立てて、アザレアの身体を黒い壁が覆う。

アザレアの【ダウン】フレーバーによる防御壁だ。その黒盾はダウンの特性である「弱化」を以て、物理攻撃はもちろん、【アップ】【チャーム】による攻性フレーバーの破壊をも食い止める。


それは奇しくも、ユリが【ハイゼンベルク】から【連合】へと裏切った夜、彼女がと称した盲目の防御であった。


少年の瞳には、アクションに迷いが生じたように見えた。そのまま攻撃を加えるか、距離を取るか、様子を見るか。そもそも少年の手札がわからない以上、どのような手を出そうとしていたのか、確実に予測することは難しい。


だから、一瞬の迷いで充分だ。


「メルト、お願い!」

『――そのまま直進を。六歩目で【アップ】の男の横を通り過ぎるから、右からの衝撃に注意』

「オッケー」


アザレアは既に駆け出している。


固い防御を誇るの弱点は、黒い盾で全方面を覆ってしまうために、視界がゼロになることだ。

であれば、並行世界リバースにおいて絶対の目を持つ、監視システム【メルト】がそれをサポートすればいい。

乱暴ではあるが、メルトを仲間に持つ彼らにしか出来ない、それゆえに相手がとっさの対策を立て辛い一手であった。


アザレアが駆け出してから正確に六歩目、メルトの報告した通り右手からの衝撃を受ける。既に予期していた彼女は、一瞬だけ速度を上げると共に盾の角度を斜めにずらし、攻撃を受け流す。

基本的に【ダウン】で盾を張っていれば、平均的な【アップ】と【チャーム】の攻撃は完全に無効化することができる。しかしそれは、相手の実力がある程度わかっている時以外は、持つべきではない期待だ。連合との戦闘の中でアザレアは、ATPI 性能の違いによるものか、当人のフレーバー適性によるものか、あるいは相性によるものか、黒い盾が攻性フレーバーによって破られるシチュエーションを何度か経験したことがあった。


だからこその受け流しであった。アザレアは心の中で、とっさにうまく出来た自分を褒める。

視界がないにしてはよくやった。



……そのまま走り抜け、追撃が来ないことを確認してアザレアはを解除する。万能の目【メルト】を持つ彼女らは、後ろを振り返らない。


『――アザレア』


通路を駆けるアザレアに、監視システムであるメルトが語りかける。

その声は先程と比べて、いくぶん落ち着きを取り戻しているように聞こえた。


『後方は、水仙がうまく二人を押さえてくれました』

「さすがね。じゃあ、あたしは……お姉ちゃんに集中するから」

『はい。アザレア、部屋の戦闘は既に終結しています』

「結果は……って、聞くまでもない?」

『残念ながら、生存者はユリ、たった一人……こちらは全滅しています』

「……ちくしょう」


顔を歪めて吐き捨てる。

それは何に対する苛立ちなのか、アザレア自身も完全には理解していなかった。

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