死体が見つかったわけではない

死体が見つかったわけではない。


それでも一週間ほど経った頃、ゆかり姉ちゃんの葬儀が行われた。


式は六郷の屋敷で行われ、この田舎のどこに隠れていたのかと思うほどの人間が参列していた。もしかすると、町の外からも集まってきていたのかも知れない。六郷の家が持つ地元に対する影響力を表すかのようだ。どれほど親しいかもわからない、名前も知らないおおくの参列者は涙を流していた。


つくりもののようだと僕は思う。庭の隅でうずくまる。棺桶の中にはなにもない。死んだことに決められたゆかり姉ちゃんは、飾り付けられた空虚な棺で送り出される。

それに何らかの意味を見出そうとしてぐるぐると脳を回転させる。この空虚が早く終わることを祈りながら、僕は参列者のひそひそ話を聞いた。


「ゆかりちゃん、お顔が見えないね。ひどい状態なのかしらねぇ」

「ちゃうで。ほら……六郷さんの『神隠し』じゃけん」

「また?ほら、何年前やったかね」

「お兄さんなぁ。ゆかりちゃん、追いかけて行ってもうたんかねぇ……」


僕、六郷夜介にとっては初めての体験であったが、六郷の家では、子供が消えることがよくあったらしい。というのは、長年あたりまえのように「六郷は六郷で」あり続けているからこそ使える表現だ。もう少し具体化するならば、十年に一度あるかないか、という程度だと聞いた。



ゆかり姉ちゃんのに消えた子供は、ゆかり姉ちゃんの年の離れた兄であったという。


僕が物心つくかどうかという、十年近く昔の話だ。


ゆかり姉ちゃんは兄のことをとても慕っていたが、その兄も、ある日突然消えて居なくなったという。それ以来ゆかり姉ちゃんの一家は母屋を離れて離れに住まうようになり、他の家の人間からは、まるで忌まわしい、腫れ物のように扱われるようになった。


一世紀前ならいざ知らず、現代社会において人が一人消えることは、簡単に扱われるようなことではない。それでも六郷にはそれが可能だった。時代の流れを拒み、旧態然としたその家は、社会の常識をも拒み続けた。だから六郷の家の消えた子供は、死んだものとして葬儀が行われた。


いなくなった六郷の子供たちはどこに消えたのか。噂好きな有象無象の参列者さえそれを語る人はいなかった。あるいは、そもそも語れる人がいなかったのか。


「語れる口を持つ奴がいりゃあ、そいつも消えるんかも知れんわなぁ」


参列客の一人、僕の知らない男はそう語った。ヤニ臭い息を吐く、喪服の似合わない、腰の曲がった老人だった。たぶんうわさ話を吐き捨てる先は、どこでも良かったのだろう。王様の耳はロバの耳。うわさを投げ入れられた穴が、たまたま僕の耳であったに過ぎない。


僕は叔父夫婦や祖母の動揺を思い出す。あれは年頃の娘が家出して帰ってこない、というレベルの話ではなく、最初から異常事態における動揺であった。何のことはない。彼らにとっては、だったのだ。


そして彼らは舗装された道をなぞるように、ゆかり姉ちゃんの消失を受け入れていった。それもまた、彼らがかつて経験したことであった。



◆◆◆◆◆



葬儀のあと、日常が戻る。――ゆかり姉ちゃんのいない日常へ。


六郷の家も、周囲の大人も、学校の友人も、ゆかり姉ちゃんをとして扱った。その期待に応えるように、ゆかり姉ちゃんは僕らの前から消え去り続けていた。


決して彼女は軽視されたわけではない。人間一人の命が失われたことに対して、皆は哀悼の意思を表明して、涙を流した。


そして――それで終わりだった。


みんな、ゆかり姉ちゃんを忘れた。もちろん記憶としては残っている。暖かな、幸福な、失われたあたりまえの記憶として、彼女はみんなの記憶の中で生きているのだろう。いるのだろうが、次第に話題に出すことが少なくなる。笑っている。世界は、彼女がいなくても進む。


人が終わると他人から忘れられること。進んでいく世界に、無慈悲に上書きされること。


僕にはそれが、たまらなくいやだった。


何者も死者を上書きできないように、誰もいない世界になればいいと願った。

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