第46話 真実


           *


「シャール……君は神導病だ」


「……ははっ、そうか」


「知って……いたんだね」


「ああ。私だって医者だ。その症状で、自分の病気がどうかなんてな」


「……」


「なあ、アシュ……頼みがあるんだ」


「……」


「私を解剖してくれないか?」


「……」


「……神導病の生きたサンプルは貴重だろ?」


「……」


             *


「なに……これ……」


 世界が歪む。


 見ている光景が。


 なにが正しくて。


 なにが間違っているのか。


 考える間もなく、次々と頭に情報が飛び込んでくる。


             *


「治したいんだ……妻の命を奪った神導病を」


「……」


「君に……想いを託したいんだ」


「……」


「アシュ……頼むよ……」


「……」


「時間がないんだ。もう……時間が……ない」


「嫌だよ」


「頼むよ」


「……嫌だ」


「頼む……頼むよ」


「……」


「お父さんをいじめないで!」


「……レイア……違うんだ……違うんだ」


「……わかったよ」


「すまん……アシュ……」


「……」


「頼んだ……我が友よ」


              *


「違う……こんなの……」


 何度も何度もそう否定した。


「違わないさ。想悪魔の呼び戻す記憶は間違いなく本物だ」


「嘘よ……嘘……」


 それならば。


 今までの自分の行為は。


「フフフ……だから、見ない方がいいと言ったんだ。まあ、君ならば見るとは思ってたがね」


「違う……嘘よ……」


 もう、それしか言えなかった。


 否定するほか。


 自分を保つ手段が。


 しかし。


 その想いとは裏腹に。


 脳裏には父を解剖していたアシュの表情。


 彼の歪んだ表情は笑っていたんじゃない。


 涙を流し。


 泣いていた。


「……いや、聖女様。君はもっと酷い。なぜ、君が過去を思い出せなかったかわかるかい?」


「嘘よ……違う……」


「アシュ=ダールは想悪魔を使役し、君の記憶を奪おうとした。幼い君には耐えられないと思ったのだろう。しかし、ルバートの『罪の忘我』は完全ではない。想いが強ければ残ってしまうことがある。結果として君の記憶は残った」


「……嫌」


 もう聞きたくない。


 もうたくさんだ。


「しかし、人間とは都合のいいものだ。君の脳が耐えきれないと判断し、事実を捻じ曲げた。君の脳は自分に都合のいい記憶だけ残して、生きることを選択するように君に仕向けた。記憶の捏造だ」


「……嫌……嫌だ」


 まるで、駄々っ子のように。


 そんな言葉しか出てこない。


 そんな言葉しか。


「復讐をすることでしか、自我を保てない君はアシュ=ダールを親の仇に仕立てあげた。君の都合の良いように敵だと認定して。ヤツは非常に都合がよかった。アリスト教徒である君の敵である闇魔法使い。ここまで都合のいい敵役もなかなかいない」


「いやぁーーーーーーーーー!」


 両耳を閉じてうずくまる。


 もうなにも聞きたくない。


 もうなにも。


 しかし、ゼノスはそれを許さずに彼女の金色の髪を掴む。


「よく聞け! よく見ろ! 聖女と呼ばれた自分の醜さを! 自分の身勝手さを!」


「ぁぐぅ……」


 反射的にその手を振り払おうとしたが、力がまったく入らない。


「逆らえないだろう? すまないな、隷属魔法をかけさせてもらっているよ。フフフフフフフフフ……ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ」


「……ヒック……ヒック」


 抵抗する力も。


 反抗する気力も。


 もうなにもない。


 自分にはもうなにも。


 その時。


<<木の存在を 敵に 示せ>>ーー風の矢ウインド・エンブレム


 詠唱が聞こえ。


 ゼノスが掴んでいるレイアの髪を切った。


「……バカな」


 反射的にゼノスは口にしていた。


 バラバラになったはずの身体が。


 消滅したはずの頭部が。


 血で描かれた魔法陣の元で再生していた。


「おや……どうしたのかな? 顔色が優れないが」

















 アシュは歪んだ表情で笑った。


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