第28話 遅れてくる男


「そんな……」


 全ての魔力を込めた会心の魔法。これ以上のものは現時点ではできない。それを、真正面から受け止められた。グウの音も出ない完敗。


「ふふふ……世の中は、そんなに甘くないだろう? 聖者を気取る君たち君の言い方だとこうかな? 天使は往々にして悪魔に屈する」


 心地よいオペラを聞いているかのように、ゼノスは悦に浸った表情を浮かべる。


 傷自体は大したことがない。しかし、そのままレイアは膝を崩した。そこには、もはや戦う気力は存在しない。あるのは、絶望と悲しみだけ。


「脆いな……あと5年もすれば違っただろうが……僕に挑むのにはあまりにも早過ぎた」


 ゼノスは慰めるようにそうつぶやいた。それは、彼が彼女に施した慈悲。そうすれば、より深く傷つくことを知っているから。


 呆然と座り込むレイアに一歩一歩近く。


 その手で彼女の頬に触れようとした時、


「もうあきらめたのかい?」


 後ろから声が聞こえた。


 振り向くと、そこには一人の男が立っていた。


 深青色のオーバーコートに。


 その髪は全て白髪に染まった。


 漆黒の瞳をした魔法使い。


「なにものだ?」


「おっと、僕としたところが、失礼。僕の名はアシュ=ダール。以後、お見知りおきを。人は『大陸一の美男子』、『至高の紳士』、『天才闇魔法使い』等、様々な異名で称するが、君は好きに呼んでくれたまえ」


「……ふざけた男だ」


「君が死者の王ハイ・キングか?」


「まあ、そう呼ばれてはいるな。名はゼノスと言うがね」


「なるほど、しかし素晴らしい魔法だ。そこに放心状態で佇んでいる彼女とはえらい違いだ」


「なっ……なんであなたがここにいるの!?」


 レイアの表情に生気が戻り、反射的に噛みついていた。


「なんでって、僕は最初から君たちの後をついて行っていたよ。まあ、君たちのように見苦しく、せわしなく走ったりはしなかったがね」


「ロ、ロドリゴたちは?」


「あんな筋肉ゴリラのことなど知らないな」


 死兵の数から、割り振ってきたのだ。二人で数百に囲まれて生きているわけがない。


「置いてきたの? 最低!」


「ああ……そう言えばなんか叫んでいたな。まあ、なんとかなるんじゃないか? 彼らのしぶとさはゴキブリに勝る……君とは違って」


「な、なんですって?」


「その通りだろう。見事になす術もなく敗北して、地面に惨めにへたり込んでいたのだから」


「ぐっ……」


「まあ、敗北者に用はないのでね。それより、僕はゼノス君と話がしたいのだ」


「ほぉ……」


 ゼノスは興味深そうにアシュを観察する。


「先ほども言ったが、素晴らしい魔法使いだ。その死兵もそうだが、レイア君を完膚なきまでに叩きのめしたその実力。流石の僕も、万感の拍手をせざるを得ないね」


 パチパチパチ……


 その拍手は静かに鳴り響いた。


「……お誉めいただいて光栄の限りだが、些か目線が高いのが気になるな」


「それは、君が陰気な性格をしているからだろう? 素直に天才魔法使いからの称賛は受け取るべきだよ」


 上から目線。


 いや、圧倒的超絶上から目線。


「不快だな……貴様との会話は非常に不快な気持ちに駆られるよ」


「ふむ……残念だね。君とはもっと色々議論したいことが山ほどあったのだが。どうすれば、話を聞いてくれるのかな? ぜひともその高尚な意見を拝聴したいものだね」


「……残念ながら話し合うことはないよ。この小娘を殺したあと、次は貴様だ」


 そう言ってゼノスは背を向けて再びレイアに触れようとする。


「そうか……残念だ。ぜひとも、のメカニズムを教えてもらいたいのだがね」


 そのアシュの言葉に。


 ゼノスは初めてアシュの顔をマジマジと見た。



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