第29話 人質
『まさかそんなはずはない』とゼノスはマリアに目線を追う。しかし、戦闘に巻き込まれぬように避難させたはず場所に、彼女はいない。
「バカな……」
彼女に施した闇魔法の結界は完璧なものだ。短時間でゼノス以外に解ける魔法使いなど存在しない。
「ククク……僕は闇魔法の知識は人よりも自信があってね。それでも、彼女の光魔法の綻びから解くのは非常に時間が掛かったが」
アシュが愉快な笑顔を浮かべる一方、忌々しそうな表情でゼノスはレイアを睨む。確かに、あの魔法は対死兵専用の魔法だが、その特性を考えれば闇の魔法壁を弱める可能性もなくはない。
「彼女をどこだ!?」
「さあてね、どこにいるでしょうか?」
爽やかな笑顔を浮かべる性格最悪魔法使い。
「ふ、ふふふふざけるなぁ!」
一方、先ほどの余裕の表情とは打って変わって、怒気を露わにする。声を荒げ、落ち着きをなくし、病的なほど髪をグシャグシャに掻き乱して。
「探してみればどうだい? 僕の行動範囲から推測してみるといい。それほど遠い距離ではないよ」
「黙れええええええっ!? この、この娘を殺すぞ」
「お好きに」
「……はっ?」
アシュはそんなことはまるで歯牙にもかけぬよう、屈託のない笑顔を浮かべる。
「彼女には、なんの価値もない。いや、むしろ先ほどまで殺そうとしていたじゃないか。どうそ、好きにしてもらって構わない」
そのあまりにもな言い草に。
レイアの表情に怒りが灯る。
「アシュ……あ……あなたって人は……」
「なんだい、助かりたいのかい?」
「当たり前でしょう!? なにを言ってるのあなたは!」
「なんだ……死にたそうな表情をしてるから死にたいと思ったよ。僕はそんなに死にたいのなら、『むしろ死ねばいい』と言ったまでだよ」
「なっ……だいたい死にたい人に対して、そんなこと言ったらダメに決まってるでしょう!?」
「ああ、そうなのかい? それは、僕は知らなかったな。僕の師匠であるヘーゼン先生はこう言っていたがね。『死にたいやつは死ね。でなければ、必死にもがいて生きている者たちに失礼だ』とね」
「……っ」
「と、言うわけだよ。そこのボンクラに価値はない。言っておくが、強がりとか、駆け引きとかではないよ」
そのあまりにも、あまりにもな言い草に。
「……ふざけるなああああっ!」
プチッ。
金髪美少女は叫ぶ。
「あんたなんかに助けられなくても、私は生き残ってみせる。魔力なんてなくたって」
「どうやって?」
「どうやってもよ!」
もはや理論でも理屈でもない。本能から吠える。
「ククク……僕は説明を求めているんだが」
アシュが愉快そうに笑ったところで。
「うるさいわね! あんたになんかーーあっ」
そのとき。
ゼノスが彼女に魔法を浴びせ、気絶させた。
「茶番は終わったか? この女は、あとでゆっくりと調理してやる。さあ、彼女の……マリアの居場所を吐け! 吐けえええええええっ!」
まるで取り憑かれたかのような咆哮に。
「そろそろ人質交換かい?」
「……なにを言っている?」
「そこの少女は生きる意志を示した。だから、まあようやく君の人質と釣り合ったのさ」
アシュは柔らかな笑顔で笑った。
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