第30話 敗北
ゼノスは目の前のアシュという男のことが理解できなかった。それこそ、ヘーゼン=ハイムといった強い魔法使いは今まで多くいた。しかし、この男の毛色は明らかに違う。その戸惑いが、彼に冷静さを取り戻させていた。
「貴様の戯れに付き合っている暇はない。いいから、マリアをだせ」
「ふむ……そんなに彼女が大事かい?」
「……答える筋合いはない」
「釣れないな。じゃあ、僕も答える筋合いはないな」
「くっ……」
なんて嫌な魔法使いなんだと、ゼノスは歯を食いしばる。
「そうだな……すぐに彼女を引き渡してもいいが、僕が彼女を渡せば君がレイア君を渡すという保証はあるかい?」
「……」
「そうだろう? 逆もまた言えるね。だから、お互いに理解を深めてよりよい解決へと導こうではないか」
アシュは大きく手を拡げ、大げさな身ぶりで提案する。
「そうか。じゃあ、貴様を殺して力ずくで奪うという手があるな」
ゼノスはそう言って、戦闘の構えをとる。
「ククク……それは、やめておいた方がいい」
「……ほざけっ!」
<<闇の存在を 敵に 示せ>>ーー
放った魔法に対し、アシュもまた瞬時に応戦する。
<<闇の存在を 敵に 示せ>>ーー
同じ属性同士の戦闘は危険である。同じ魔法がぶつかった場合、負けた方の魔法の威力を相乗させて向かってくる。
その
アシュに軍配が上がり。
ゼノスが放った闇を呑み込んだ。
「う……うおおおおおおおおおおっ」
激しい闇を喰らいながら。
「ククク……だから、言ったのに」
「ぜぇ……ぜぇ……バカな」
嘲るように笑うアシュを、息切れしながらゼノスは睨む。闇を浴びると、外部ではなく内部が傷つく。その激しい動悸と痛みで、思わず胸を激しく握る。
「さすがに、そこの小娘相手に魔力を消費し過ぎたね。万全な状態ならともかく、今の君にはさすがの僕も楽勝だろうね」
「……くっ」
忌々しい表情を浮かべ、横たわっているレイアを睨む。確かに彼女が相当な魔法使いであったことは言うまでもない。しかし、それでも勝てるだろうとタカを括っていたのだが。
アシュの闇魔法は自身と近いレベルにある、そう強く感じた。
「さあ、状況をわかっていただいたところでお話をしようか?」
「……」
「ククク……そんなに警戒しなくてもいいよ。僕の要求は簡単なことだ」
「……貴様の要求になぜ答えなくてはいけない?」
「君の置かれてる立場をまだわかっていないのか。試しに、彼女の腕でも折ってみるかい?」
「……っ」
「君が彼女のことをどれだけ愛しているのかを。僕は、すごく理解したよ。残念ながら僕のレイア君への想いとは比べものにならない……ククク……あははははははははははは、あはははははははははははっ」
歪んだ表情で。
至福の笑い声で。
アシュは笑い続ける。
「……なにをすればいい?」
この男は危険だ……ゼノスは直感的に思った。
すぐにでもマリアから引き離さなければいけない。
「簡単だよ。君の砦に招待して欲しいんだ。僕は彼女を連れて向かうから。大丈夫だよ、僕はなにを隠そう大陸一の紳士だ。彼女に失礼のないよう万全のエスコートはさせてもらう」
「……」
この男は狂っている……ゼノスは確信に至った。
「ああ、もちろんそこのレイア君は持って行ってもらって構わない。もう、一つでも二つでも持って行ってくれて構わない」
先ほどは大切であるような言葉を吐いていたのにも関わらず、次の瞬間、どうでもいいと切り捨てる。
この男の思考が全く読めない。
いや、意図的に読ませないようにしているのか。
「……わかった」
そう言ってゼノスは背を向けた。この場は、完全にこちらの負けだ。いや、そう思わせられた。
「時間はそうだな……明後日の正午でどうだい?」
「……ああ」
「じゃあ、楽しみにしているよ」
まるで、晩餐会にでも誘われたような楽しそうな声を聞きながら、ゼノスはその場を去って行った。
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