第5話 小さな教会


 しばらく進むと、小さな教会が見えてきた。ドアが開き出てきたのは高齢の男。グレッグ=ローゼンという名の神父で、白い顎髭が温和な顔立ちを一層ひきたたせている。


「おお、聖女様……これぞ、神のご加護。よく来てくださいました」


「レイア=シュバルツです。あなたに神のご加護が届きますように」


 簡略的に正十字をきって、中へと入る。聖堂内には、多くの人々が祈りに訪れていた。あちこちに毛布が置かれていることから、多くの人がここに寝泊まりしているようである。


「……みんな、今回の件を不審がってここに集まってきております」


「……」


 周りを見渡すと、レイアはひとりの少年に目が止まる。近づくと、その子は頰が赤く染まっており、息を多めに吐いていた。


「あ、あの聖女様……」


 戸惑いの表情を浮かべる少年に、彼女は満面の笑みを浮かべて指先で象徴シンボルを描く。


<<悔い改め 邪を祓え 聖を戻したまえ>>ーー天界の癒しサン・ヒール


 詠唱チャントを掌に柔らかな光が発生し、それは少年の身体を包む。


「これでよし、後は安静にしていればきっと治る」


 少年の頭を優しくなでながら、レイアは正十字をきる。


「は、はい。ありがとうございます」


 礼儀正しくお礼を言って、正十字を切り返す様子を笑顔で眺めながら、クルッと振り返って再び戻る。


「素晴らしいシールでした。私はあのような美しく描いた象徴シンボルを見たことはありません」


 神父のグレッグはウットリした様子で褒め称える。


 通常、魔法を外部に放つには詠唱チャントシール、最低限2つの手順が必要である。魔力を体内に構築し、魔法の理を言語化する作業が詠唱チャント象徴シンボルを描くことによって、魔法の理を外部に放つ作業がシールである。


 一般的に詠唱チャントの自由度が高いとされているのは、自己暗示的な要素が強く、本人のイメージを魔法の理で介在し言語化しているに過ぎないからである。そのため、いくら高位の魔法を詠唱したところで生じる魔力の属性、量が伴わなければ全く意味がない。


 一方、シールの形は定型で決められたものが多く、同じ形になるが、その象徴シンボルの描き方によって威力は大きく異なる。より、緻密に、精密に象徴シンボルを描くことにより魔法の効果をより相乗して放つことができる。


「私なんかまだまだです。それより、状況を教えてください」


「は、はい。奴がデルサス山に砦を建てたのは、三日月が満月へと変わる間でした」


「……いくらなんでもそんなに早く建てられるはずがないのでは?」


 窓の外から山頂を眺めているレイアはつぶやく。遠目から見てもその砦は、頑強で難攻不落。恐らく、数千人単位の兵で攻めたとしても容易には落とせないだろう。神父の話が本当ならば、建設開始から2週間を経過せずにそれを建てたことになる。


「身の毛のよだつ光景だったと、知らせてくれた女性は言っておりました。多くの人が一心不乱に建設作業に従事してたそうです。会話も、休憩も、食事も、排泄すらもなく、ただ淡々と虚ろな表情で」


「……信じられない」


 過去の報告からも同様のことは報告されているが、実際にそびえ立つ砦を目にしても現実味が湧かない。建築までに2週間。例え、彼らが24時間休みなしで働き続けたとしても人数としては数百……いや、千は超えるほどの人出がいる。それを一度に操るほどの死者使いネクロマンサーなど聞いたこともない。


「……神父様、死者の王ハイ・キングを実際に見た人はいますか?」


「え、ええ。その女性が、一人指示をしていた男の姿を見たとのことでした」


「その男は……白髪でしたか?」


「いえ。髪は黒かったとのことでしたが」


「そうですか」


 アテが外れてレイアの声色に落胆が漏れる。


「しかし……白髪の男……」


「なにか心当たりがあるんですか!?」


「い、いえ……昨日、ここを訪ねて来た者がたまたま白髪の男だったもので」


「なっ……」


「昨日は夜遅く集会もあったので、一度お引き取りいただいたのですが、また来ると……と噂をすれば」


 神父の指さす窓の方向を見ると、そこにはアシュが立っていた。

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