第4話 死者の王
*
「はぁ……大物ですね。懸賞金に見たことのないくらい0がついてますよ」
白銀の鎧を着た茶髪の猫目男が、馬に乗りながらもリストを器用にめくっている。名はパーシバル=セレル。20代にしてアリスト教教会随一の守護騎士に昇りつめた強者である。が、実際には細身の身体と幼い顔立ちで、たびたび新米騎士に見られるという密かな悩みを持っている。
「もう、護衛はいいって言ってるのに」
同様、馬に乗って並んでいるレイアは口を尖らせる。最近では、少し散歩をするのですらこの男がついてくるので、大分ストレスが溜まっている。
「そうはいきませんよ。先日、聖女のあなたが突然行方不明になってしまったときの大司教の取り乱しようといったらーー」
「う゛ーーーっ……それは……悪かったって!」
「いえ、レイア様。あなたはもっと反省なさるべきです。もっとご自分の立場を理解してください。いいですか、そもそもアリスト教はですね」
「う゛ーーーーっ」
クドクドとした説教を聞くまいと、金髪美少女は両耳を手でふさぐ。目的地のマグナカへ出発したのは3時間ほど前だったが、同じような説教をずっと聞く羽目になっている。
アリスト教の成り立ちは深い。かつて神の子と謳われた、アリスト=リーゼンバルグ。彼の起こした奇跡は魔法のレベルを超えていた。大陸全土を周り、疫病を鎮め、干ばつ地帯に雨を降らし、数万の傷ついた民を癒したという。他にも各地には数々の奇跡を起こしたと伝承があるが、そんな救世主は、為政者に疎まれた。
やがて、当時大陸一の大国であったバルカ帝国皇帝ノーザンはアリストの圧倒的な人気をに嫉妬し、救世主アリストを処刑した。
その出来事に大陸中のアリスト教信者は怒り、バルカ帝国に対し復讐を行ったとされている。やがて、その勢いは諸外国をも巻き込み、次々と領土を奪われていったバルカ帝国皇帝ノーザンは、かつてアリストが処刑されたベルゼボアの丘で斬首された。
その後に起こされたのがこのナルシャ王国で、国王はアリスト教徒を国教とし厚遇した。この出来事からアリスト教は大陸全土に広がったとされている。
聖女の位は、アリスト教徒における特別位である。過去に任命されたのは、千年の歴史があるアリスト教史上でも十人もいない。類まれな聖力を纏った女性に与えられる称号であるとされ、教内での権威は大司教に次ぐ第二位とされている。
「レイア様、聞いてます? だいたい、あなたには……」
と器用にも彼女の片手をどかして、説教の続きを行う。
聞かないことはもうあきらめ、少しでもパーシバルの声から意識をそらそうと前を向くと、遠くから農夫が見えてきた。彼はレイアの胸にかけられている水晶のロザリオを見ると、即座に地面に跪く。
「はぁ……」
レイアから思わずため息がこぼれる。突然、地べたに両膝をついて拝まれるのにもだいぶ慣れたが、それでも気分としてはよくない。馬から降りて、彼に向かって正十字をきる。
「……あなた方に神のご加護が届きますように」
「おおっ……もったいない」
感激した農夫は、ますます崇拝したような表情を浮かべる。
再び馬に乗って、農夫が見えなくなった距離まで来た時点で、金髪美少女は愚痴をこぼす。
「……騙してるみたいで気がひけるな」
「なにを言ってるんですか。あなたは正真正銘の聖女ですよ」
「聖女なんて……」
あの男を追うためには情報が必要だった。アリスト教徒であれば大陸中に情報網を持つため、追いやすい。純粋な教義への信仰心でなく、聖女としての特権を利用する目的での就任だ。そして、そんな風にしてやっと掴んだ機会も、自分の不甲斐なさによって台無しになってしまった。
「……あった。この村ですね」
到着したマグナカの村をパーシバルが指差す。人口は300人を下回る小さな村。いつも通り農夫が畑に勤しんでおり、時折笑い顔などもみられる。
「よかった……どうやら、間に合ったみたいね。パーシバルは周辺の聞き込みをお願いね」
「……わかりました。くれぐれも、勝手な行動は慎んでくださいね」
「しないってば」
その返事を全く信用してなさそうだったが、彼は馬を走らせて村の西方に向かった。
報告によると、死者の王がデルサス山に砦を建てたとのことだ。当然、もっとも近いこの村が第一の標的になると踏んだがそれはまだだったらしい。
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