第3話 決死の依頼


 サラには理解ができなかった。目の前で優しい笑顔を浮かべている救世主の意図が、全くもって測りきれない。


「あ、あの……ごめんなさい、そんなことをしてる場合じゃないんですけど」


「ああ、僕の時間なら大丈夫だよ。無能な斡旋者のおかげで少々時間があるんだ。君と甘美なるひと時を過ごすほどの暇はあるから、その点は心配しないでもいい」


 そ、そんな心配は微塵もしていないんですけど、とは平民美女の想いである。


「助けてくれるんじゃないんですか!?」


「まあ、ある意味ではね」


 ニヤリ。


「……っ」


 意味ありげに意味不明な笑みを浮かべる最低魔法使いに、サラの鳥肌と悪寒が止まらない。しかし、家族の生殺与奪は、目の前の最低男が握っている。いや、握っていない可能性も大いにあるが、もはや不遜とも言えるこの男の自信に賭けるしかないというのが実情である。


「……その……なんでもします!」


 その溢れんばかりの胸をギュッと抑え、サラは己の純潔をも覚悟した。家族の命との天秤においては、自身の存在など比べるべくもない。


 恐らく、いや、間違いなく卑猥なことをされてしまうんだわ、とは目の前の男への圧倒的悪印象である。


「ふむ……なるほど、君は愛する家族のために、己を犠牲にできるほど素晴らしい女性なのだね。そして、非常に魅力的な提案でもある」


 感心するように、マジマジと眺めるエロ魔法使いだが、明らかに視線はその豊満な胸に注がれる。


「……それじゃあ」


「だが、僕はこれでも大陸一の紳士でね。女性の弱みに付け込んで、好きにしようなどという下種ではないのだ。残念だ……本当に残念ではあるがね……」


 本当に本当に残念そうに、本性下種魔法使いは肩を落とす。


「助けてくれないってことですか!?」


「僕が欲しいのは君の身体じゃない……心だ」


 恐ろしいほどの言ってやった感を出すナルシストキザ魔法使いに、万策尽きた平民美女。


「……っ、じゃあどうすればいいんですか!?」


「残念ながら、君の家族はあきらめたまえ。いや、言い方が悪かったかな……これは未来への前進だと捉えるべきではないかい?」


「ふざけないでください!」


 キレた。


 あまりに言葉が通じない最低男ぶりに、殺意すら覚える。もし、家族を救えなかったら、絶対にこの男を毒殺しようと物騒なことを思い描く。


「ふむ……僕は冗談ジョークは好きだが、ふざけるのは嫌いでね。さあ、無粋な会話はこれまでにしてこれから舌に転がすであろう熟成シッチューネ豚のシエストロ風味の説明をーー」


 パーンッ!


 威勢のいい音が店中に響き渡る。強烈な張り手。くっきりと跡に残るくらいの強烈な張り手が、アシュの頬を真っ赤にする。


「……なるほど」


 反射的にアシュは答える。気持ちとしては、全然なるほどではない。すでに、ロマンティックな夜の光景まで妄想していた彼にとってその動揺は激しかったが、なんとかそれを抑えようと、全然なるほどじゃない、なるほどと答えた。


「もういいです! あなたなんかに頼らないでも、他の人に死者の王ハイ・キング討伐を依頼しますから」


「……死者の王ハイ・キング? 今、死者の王ハイ・キングと言ったかい?」


 赤く腫れ上がった頬を抑えた手で、アシュはサラの腕を強めに掴む。


「え、ええ……それがあなたとなんの関係が」


「ククク……君は運がいい」


 闇魔法使いは低く笑う。それは、先ほどまでの綺麗な表情ではない。それは、どこまでも禍々しく不吉で歪んだ表情だった。


「アシュ、お前……やはり受けるつもりか?」


 シエールが、不満気な表情をする。


「ああ、これは彼女とは関係ない。僕と君との契約は覚えているかい?」


「……報酬は最低2万ゴル以上、または学術的見地からの研究心をそそられる案件であれば、その限りではない」


「そういうことだ。噂に違わぬ死者の王ハイ・キングであれば僕の研究もなお一層進むに違いない。それに、あのような大物であれば他には同様の依頼を受けてるんじゃないのかい?」


「……ああ。ログリオ=ジュインとナイツ=ヴィランが向かっている」


「奴らか。まあ、僕には及ばぬが割合優秀な者が追っているわけか……面白い。彼らと組んで戦う。早速だが、旅支度をしてくれ」


「あの2人の援護を求めるなら別料金だぞ」


「金は使うためにある。研究に出す金なら惜しくはないね」


「……わかった」


 大きくため息をつきながら、シエールはバーを後にする。


「あ、あの……」


 あまりの急展開にオロオロするサラ。


「ああ、心配しなくていい。君は、ただ僕に彼の居場所を教えればいい」


「それは……助けてくれるってことですか?」


「結果的にはそうなるかもしれないね。まあ、ならない可能性も大いにあるが」


「……」


 どっちだよ、テメーと非難めいたまなざしを向ける茶髪美女。


「ククク……願わくば、死者の王が僕より優れた魔法使いであることを願うよ」


 闇魔法使いは、低い声で笑った。

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