第6話 許せない理由


 レイアは思わず目を疑った。この男を探して何年も何年も探して見つからなくて、アリスト教の聖女となった。それでも、その消息は霧のように掴めずに、さらに何年も探して。


 そして、やっと見つけて……取り逃がした。


 次に会うときは数年後か、もしくは二度と会えないのか。そんな風に思っていた中で、まさかの遭遇。


 気がつけば、走りだして扉を開けていた。


「やあ、レイア=シュバルツ君。元気かな?」


 まるで、友人に偶然遭遇したような気安さでアシュは声をかける。


「……っ」


 なんで。


 なんでそんな風に。


「ふざけるな!」


 レイアは、そう叫び魔法を……


          ・・・


「……なんで!?」


 頭に詠唱チャントが浮かばない。


「ククク……使えないだろう?」


 レイアは頭をグリグリと撫でられる。なんとか抵抗しようと思っても、身体がピクリとも動かない。


「……なんで……なんで……なんで……」


 何度も何度も連呼する。こんなに憎いのに。こんなにも許せないのに。こんなにも悔しいのに。


「君は愚かにも僕という大魔法使いに楯突いたんだ。その代償は払わないとね」


 隷属魔法。


 アシュは、レイアに呪いをかけた。なにをされても決して、逆らえなくなるように。


「ククク……例えば、こうして」


 闇魔法使いは低く笑い、レイアの顎をグイッと自らの顔の前に寄せる。


「……っ」


「僕はよく使うんだ。なにをされたとしても、されるがまま。撫でられても、殴られても、弄ばれても、犯されても、殺されても……解剖されてもね」


「ゔゔゔっ……」


 ポロリ。


 彼女の瞳から自然と涙が流れてくる。どんなに抵抗しようと心が叫んでも、いざ行動に移そうとすると身体が縛られたように動かない。


「いい表情かおだ……僕は君を殺さないよ。君をずっと生かし続ける。僕を憎んで憎んで憎んで……でも君は僕に指一本反抗できないのさ」


 心底悦に浸りながら、その泣き顔を眺めるサディスト魔法使い。


「ゔゔゔっ、ゔゔゔ……」


「……ずっと見てても飽きないが、僕にはやることがあってね。それじゃあご機嫌よう」


 掴んでいた顎を離し、アシュは教会の中へと入る。レイアはその場に崩れ落ち、さまざまと泣き崩れる。


「……ヒック……ヒック……なんで……なんで……」


           *


 それは、見るべきではなかった。


 決して見るべき光景では。


 父のシャールは、優しかった。母は赤ん坊の彼女を産んですぐに死んでしまったが、寂しいと思ったことは一回もなかった。父は母がいない分の愛情を注いでくれたから。


 あの男の人が訪れるようになったのは、彼女が6歳の冬だった。それから、数ヶ月に一度家に来るようになって。父親はどんどん体調が悪くなっていった。まるで、その男が命を削っていくかのように。


 何度も父親に泣きついた。なんで、あの男を招くのか。なんで、あの男と付き合うのか。それでも、父親は優しくレイアの頭を撫でて、あの男と話を再開する。まるで、操られているかのように。


「……これだから子どもは嫌いだ」


 嫌悪感を抱く彼女を、面倒臭そうに睨む眼光を今でも夢で思い出す。


「お前にも子どもができればわかる」


 相変わらず暖かい父親の口調に対しても、


「僕はゴメンだね」


 と興味のない様子で答える。


 そんな無愛想で意地悪なアシュのことを、心の底から嫌いだったことを覚えている。


 そして、満月の夜。


 なぜかその日はいつもより目が冴えていた。眠れずに、父親のベッドへ行った。


「約束だ」


 父親の声が聞こえた。その声は、今にも消え入りそうなものだった。


「……僕は、約束はしない主義でね」


 その答えを聞いた時点で、開けるべきではなかった。


 見るべきではなかった。


 飛び散った血飛沫を。


 バラバラの父親を。


 闇魔法使いの心から喜ぶ表情を。


             *


 許すことなどできない。


 許すことなど。


 あきらめることを、許すことは。


 絶対にできない。


 レイアは立ち上がって、再び教会の中に入った。


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