第36話 策


 夜が明けて、陽が山から顔を出したとき、


「できたっ!」


 充足感を浮かべた爽やかな表情で、アシュが汗を拭う。


「お前……なにしてんだ?」


 部屋の扉を開けたロドリゴが、顔をひきつりながら尋ねる。


 拡がっているのは異様な光景。地面にはグロテスクな血や、あらゆる臓物が飛び散っている。


「マリアの偽物フェイクを造っていた」


 闇魔法使いの視線の先には、誰もが瞳を奪われるほどの透明感のある肌。ランプの光を照らし出したような黄土がかった瞳が、その整った輪郭、各々の綺麗なパーツと相まって神聖な雰囲気を醸し出す。


 どこからどう見てもマリアそのものだった。


「これが……偽物フェイク? 嘘だろ」


「フフン。僕の技術をナメちゃいけないよ。死体の加工には自信があるんだ。まあ、彼女のように話すことはできないから、動きを封じるという設定だけどね」


「……バレたとき、レイアはどうするんだ?」


「ククク……怒るだろうね。彼女も、死者の王ハイ・キングも……発狂するんじゃないかな……クククククククハハハハハハハハハハ、ハハハハハハハハハハ、アハハハハハハハハハハハハハハハハハ、アハハハハハハハハハハ」


 爆笑。なにがおかしいのか、壁をバンバン叩いて面白がるキチガイ魔法使い。


「……」


 依頼さえなければ絶対にぶっ殺しているのにと思う脳筋戦士。


「まあ、彼女は奇貨だ。そう簡単に手放すべきではないよ。それに、人質というのは目の前にいないからこそ効果があるものだよ」


 ひけらかせば、狙われる。そして逆に行動の選択肢を奪われる。それは、百戦錬磨をこなしてきたアシュの経験則によるものだった。


「……相変わらず嫌な奴だな」


 心底この男だけは敵にしたくないと思う。


「まあ、君のような脳みそ筋肉に説明したところで、一時間後には全て忘れてしまうだろうから、君は僕のいう通りにをただ忠実にこなせばいいだけだから」


「……」


 だからと言って、金輪際味方にしたくないというのは、ロドリゴの圧倒的感想である。


「君は少しここで待っていてくれ」


 側で座っていたマリアに対し、キザな微笑みを見せる闇魔法使い。


「はい、かしこまりました」


 彼女は礼儀正しく、規則的な笑みを見せる。


「さあ、行こうか。君たちの方は準備はいいのかい?」


「……ああ。大方な」


 すでに、パーシバルの意識も回復している。レイアがさらわれたと聞いたときは、単騎で突入しようとしたが、ロドリゴとナイツでなんとか踏みとどまらせた。


「ならばいい。くれぐれも僕の邪魔をしないように……いってらっしゃい」


 !?


「いってらっしゃい?」


「僕はその前にサラ君と会ってくるよ」


「な、なんのために?」


「君はアホか? 恋人が死闘に向かおうとしているんだ。今生の別れかもしれないのに、別れを惜しむ行為は至極自然なことだろう?」


「……っ」


 圧倒的にお前の方がアホだと、ロドリゴは思う。いつ、何時、何秒、二人が恋人になったというのか。


「そうさな……最低半日……盛り上がってしまえば一日は合流できなくなるかもしれない」


「はぁ!? そ、それまでどうするんだよ! お前がいなきゃ砦までは入れないだろうが」


「そうだよ、僕がいなきゃ入れないんだよ。君たちが無能だからね。だから、無能は無能らしく大人しく手前の森で待っていたまえ。死者の王ハイ・キングだって、一日でも二日でも待たせておけばいいんだ。デートでもあるまいし、約束の時間に行く必要はない」


「……はぐっ」


 なんて嫌な奴なんだと、無能呼ばわれ戦士は呻く。しかし、この男がいないと勝てないのは事実。


「では、僕は行ってくるから。忠告だが、テントと食料を用意しておくといい」


 そう言い捨てて陽気に外へ出て行った。





















 実に、30分後、アシュはロドリゴたちと合流した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る