第22話 騙された魔法使い


「なっ、なにを偉そうに言ってるの!?」


 レイアは焦りながら胸ぐらを掴む。


「な、なんだよ。言っておくが、君たちのような騙され方とは違うぞ。僕はより高度であるが故に、騙されたんだ」


「……同じなんじゃないかしら、アシュ=ダール?」


 ニッコリと、全然笑っていない笑顔を浮かべる金髪美少女。


「一緒じゃないよ、ニュアンスが全く違う。僕はそこらへんの違いがわかる魔法使いなんだからそこのところはデリケートに頼むよ」


「あなたにデリケートなんて言葉があることは知らなかったわ。デリカシーが全くないのは知っていましたが!」


「な、なんだその口の聞き方は!? おかしいな、君は僕にそんな口の聞き方はできないはずだがね!」


「あっ……そう言えば」


 隷属魔法。レイアを縛る心の鎖。反抗すれば必ず、その行動を縛るはず。今は非常に自然体で、胸ぐらをガンガン締めあげている。


「こ、これは……勉強になる……隷属魔法の効果は、憎悪を持たぬ相手には通じない……と言うこと……かな……ははっ……これは……いい……発見……だ」


 苦しそうに、そして気のせいか、どこか気持ちよさそうに、闇魔法使いは唸る。


「……憎しみがない?」


 そう言われて。


 レイアは放心したように手を離す。


「ゲホッ、ゲホッ……まあ、もともと反抗を許さぬために作られたものだ。そこの感情の基準は神のみぞ知るというやつだね」


 忌々しげにつぶやく闇魔法使い。


「隷属魔法?」


「あっ……なんでもないの。パーシバル」


 怪訝な表情を浮かべるアリスト教守護騎士を、慌ててごまかす金髪美少女。こんなところでそれがバレたら、あっという間に仲間割れの修羅場だ。アシュの話だと、死者の王ハイ・キングは相当な強敵。こんなところで内輪揉めしていいる場合ではない。


「……まあ、いい。とにかく、まんまと僕らは罠にかかって誘い込まれてしまったわけだ」


「「「「……」」」」


 お、お前が言うな、とは全員の悲願である。


「ねえ、アシュ。死者の王ハイ・キングはこれからどうすると思う?」


 レイアは一息をついて、尋ねる。完全に完璧にまんまと罠にハメられた張本人だが、今のところ一番真実に近づいているのは紛れもなくこの男だ。


「ふふん……やっと僕の知識を頼りにする気になったか」


「……不本意ながらね」


 自分の中で、この男の位置付けが変わっていることを確かに彼女は感じていた。ひとまずは自分の復讐を置いておいて、他者の命を救おうと思うぐらいには。それが、なんのキッカケだったのかは、自分ではよくわかっていないのだけど。


「そうさな……」


 そうつぶやいて。


 アシュはグルグルと歩き回る。


「僕が彼の立場にいたら、僕はどう君たちを痛ぶってやろうかと考える。どちらかと言えば、僕は君たちアリスト教徒を選択するね。君たちは、非常にいい表情かおをする」


「……続けて」


 感情を抑えろ。


 でなければ、死者の王ハイ・キングには勝てない。


 アシュ=ダールには勝てない。


「レイア、例えば君がどうしたら、苦悶の表情を浮かべるのか」


「……」


「殺すなんてもったいのないことはしないだろうね。では、拷問か? アリスト教徒がそんなことで折れるかね?」


 闇魔法使いはパーシバルの方を振り向く。


「……いや、我々はそんなものには屈しない」


「なら? 君たち偽善者を悲しませるのに一番効果的な方法は?」


「……教会」


 レイアは歪んだ表情で指を噛み。


 アシュは歪んだ表情を浮かべて笑う。


「そう。僕ならば、村人たちを死体に襲わせて教会に追い詰める。神の子アリストに祈りながら、命乞いをする村人を眺めながらワインでも飲むのだろうな……まったく、いい趣味をしている」


「最低っ」


「……言っておくが、僕じゃないよ」


 蔑すむような眼差しが、この寒空には痛い闇魔法使い。


「すぐに帰らないと!」


 そうレイアが走りはじめたときに、突然死兵が周りを取り囲む。それは、数百はいるが。


「ククク……グッドタイミング……いや、バッドタイミングかな」


「うるさい! 悠長にしてる暇はない、行くわよみんな!」


 金髪美少女が檄を飛ばし、魔法の詠唱を始めた。


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