第21話 罠


 茂みの中をかきわけて歩く。アシュを先頭に、残りの4人は後をついて。いつもなら、最後尾で皮肉りながら、悦にひたりながら誰も聞いていないウンチクを語り出すのだが。


「はぁ……はぁ……アシュ……本当にこの道であってるのか?」


 汗だくになりながら、やっとの思いでついてくるロドリゴ。彼は頑強な戦士型だが、その身体は速筋が多くを占めている。山歩きなどの長距離は向いていないし、その巨体は障害物によく当たる。


「……」


 声は耳に入っていない。いや、余計な情報をむしろ遮断しているかのような。


 肌には無数の傷が絶えず、黒のローブには無数の泥と葉っぱが。額から汗が滴り落ちてくることすら、ローブにくっついた無数の虫すら気づかないほど、集中していた。


「はぁ……はぁ……少し休憩しないか?」


「……おかしい……いつもなら……いや、固定観念を捨てろ」


 そんなロドリゴの投げかけも聞こえていないようで、ブツブツと独り言をつぶやきながら探す。


 その時、茂みから物音が。


 飛び出してきたのは、


「……なんだ、風か」


 構えていたナイツがつぶやく。


「おかしい……ここには……生き物いない……そうか」


 やっとアシュの瞳に焦点があった。


「なあ、こんな所に砦はあるのか?」


 出てきたのは、見たところなにもない草原。


「……」


「おい、アシュ」


「……」


「おい! 聞いてんのか!?」


「ねえ、アシュ。私にもここが砦に通じるとは思えない。あなたはいったいなにを考えているの?」


 レイアが闇魔法使いの前に立つ。


「……匂いがない」


 闇魔法使いは静かにつぶやく。


「えっ?」


「わからないかい? 僕は今まで、死体の示した道を辿りながら、周囲を観察していた。目と耳だけではなく、さまざまなものを五感で感じ。匂い、触感。そして、肌ですらね。しかし、ここにはなにも感じない」


「……」


「彼は僕らに対してなにも感じていない。狙われる恐怖も、憎しみも、憤りも感じていない……そもそも、僕らはなにと戦っているんだ?」


「は? 死者の王ハイ・キングに決まってるだろう」


 ロドリゴは半ば呆れながら答える。


「ここまでの道のりの中で、死者の王ハイ・キングの輪郭が全く見えてこない……そもそも本当に彼はいるのかな?」


 それでも。


 闇魔法使いは腕を組んでいる。


「なにを言っているんだ? お前、もしかして騙されたことを認めたくないから、そんな風にもったいぶっているのか?」


「馬鹿は君の脳みそだけにしてくれよ」


「な、なんだとっ!?」


「今は死者の王ハイ・キングの思考を追っているんだ。そもそも彼は僕ら敵と認識してるのかな?」


「そんなの当たり前じゃねえか! だから、死兵を遣って襲ってくるんだろう?」


「言葉の裏を読みたまえ。彼は、僕らなんて歯牙にもかけていないということを僕は言いたかったのさ。彼にとって……僕らは玩具だ」


「が、玩具」


「ああ……そう考えると自然か。それならば、納得がいくな。やっと、彼の輪郭が見えてきた」


 自分で言って自分で納得して。


 誰が聞いているのかも構わず、闇魔法使いは話しだす。


「彼らは僕らも同等とは見なしていない。おちょくっている。彼らは僕らを弄んで、痛ぶって楽しんでいるのさ」


「……なぜ、そんなことがわかるの?」


 レイアが静かに尋ねる。


「わかる……いや、わかったのさ。これは、迷路だよ」


「迷路?」


「彼は死体に誤った光景を見させた。偽物の案内人をつけさせたのさ。死体に嘘をつかせたんじゃない。生きている人間を騙して、殺したのさ」


「と言うことは……騙されたってこと?」


「……まあね」








 苦々しげに闇魔法使いはつぶやいた。

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