第23話 黒髪の魔法使い


 マグナカの村の入り口。黒髪の魔法使いは日暮れとともに訪れた。痩せ細った指先で漆黒のシルクハットを神経質に弄っている。そして、その隣には、薄緑色のセミロングをした美女が微笑を浮かべながら立っていた。


「きゃはははは、きゃはははははは……」


 声が聞こえ、ゼノスが振り向くと、子どもたちが丸いゴムボールを投げ合って遊んでいた。


「……マリア、僕にもね。あんな時代があったんだよ」


「はい……」


 もう、300年以上も前になる。彼は農夫の息子だった。もちろん、平民の両親だったので、魔法は使えない。しかし、彼には闇魔法が使えた。当然、両親は喜んだ。彼らは、寝る間も惜しんで働いてゼルフを名門魔法学校に入れた。


 これで、幸せになれると思っていた。


 この丸いゴムボールを捨てれば。


 幼少期の友達を捨てて。


 淡い思い出を捨てて。


「我ながら浅はかな両親だったよ。いや、貴族でも夢見ていたのか。今考えても身の毛がよだつね」


「はい……」


「それからの僕は地獄だったよ。闇魔法しか使えない平民魔法使い。惨めなもんだったよ。いくらいい成績を取っても、結局は馬鹿にされて。特に、この国はアリスト教徒色が強いからね」


「はい……」


「……」


 そんな中、ゴムボールがゼノスの側まできた。


「あの……ごめんなさい」


 見知らぬ顔だからだろうか、若干緊張した表情を浮かべて一人の子どもが駆け寄ってくる。


「……もう日が暮れる。遊びはここらへんにしたらどうだい?」


 黒髪の男は笑顔を浮かべて、そのボールを投げて子どもたちに返した。


「ありがとーございまーす」


 緊張が解けたのか、子どもたちは笑顔でお辞儀をし、再びゴムボールで友達と遊びだした。


「懐かしいな……」


 そうつぶやき。


「マリア、気にいらないかい?」


 尋ねる。


「はい……」


「そうだろう……そうだろうね。あの子どもの笑顔。幼少期、僕が地獄の日々を過ごしているにも関わらず、彼らはあんなにも屈託なく笑っているんだ」


「はい……」


「そうか……やはり君は優しいな。僕が可哀想だって思ってくれてるんだろう? 僕のことを想ってくれているから、君はあの子どものことが気に入らないんだね?」


「はい……」


「そうか……ありがとう。マリア、やはり君は優しいね」


「はい……」


「君が望むなら仕方ないな。君が僕を想ってそこまで言ってくれるのなら。心配は要らない。僕が君を守ってあげるから。嬉しいかい、マリア?」


「はい……」


 いつものように満面の笑みで頷く人形に。


 黒髪の男は不気味に首を傾け。


<<冥府の死人よ 生者の魂を 喰らえ>>ーー死者の舞踏ゼノ・ダンス


 ゼノスが唱え地面に向けて指を微かに動かすと、一帯に黒い光が発生し、魔法陣が精製される。五芒星を基調に、無駄なく洗練された象徴シンボルが練り上げられる。


「「「「きゃああああああああああああああっ」」」


 おびただしい悲鳴とともに。


 土から死兵が湧き出てくる。それも、次から次へと。


「彼らはなんと思うかな……この光景を見て」


 愚かにも我が領域に侵入してきた愚か者たち。しかし、その行動は全て把握している。


 これから、為すすべもなく殺される様を。


 どんな表情で見るのだろうと。


「楽しみだねぇマリア。この余興は非常に楽しみだ。きっと彼らの表情は面白い。きっと君にも笑ってもらえると思うよ」


「……」


「マリア……黙ってちゃ……マリア? どうしたんだい、マリ……」













 彼女だけでなく、他の死兵もみな停止していた。

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