第24話 信頼


 ゼルフが罠を張っていたように、アシュもまた罠を張っていた。闇魔法が発動すれば、その効果をしばらく停止させるような魔法を。


 それは、レイアの破滅的な寝相でベッドから追い出されたとき。テンションが上がって眠れない彼は、仕事に没頭することでその無念を忘れようとした。


 しかし、その予備工作も頭の片隅にあった僅かな違和感を拭うため仕込んだに過ぎない。そのため、それほど入念には仕込まなかった。効果としては、それほど長くは続かない拙いものだ。


「小癪な……マリア……マリア……」


 ゼルフが何度も問いかけるが、一向に彼女は動かない。彼女は闇の魔力を動源としている。それは、他の死兵と同様の仕掛けであった。


 唯一異なるのは、彼女は自由に話し、見た目も人間そのものであること。


「おかしいね……調子が悪いね……すぐに、直してあげるからね」


 ブツブツとつぶやきながら、優しく闇魔法の罠を解除していく。


 幸運にも、アシュの仕掛けた罠はゼルフにとって非常に有効だった。


 彼が第一に優先したのはマリアの治療。実際には他の死兵を直してからの方が効率がいい。しかし、あえて彼は他の死兵を放置し彼女をゆっくりと治療する。


「ふふふ……わかるだろう? 序列をわきまえたまえよ」


 動かなくなり、もちろん口を聞かぬ死兵たちに。


 さも、それを見せつけるようにゆっくりと。


「……さあ、終わった。どうだい、調子は?」


「はい……」


「うん、そうか……じゃあ、僕は他の者たちを直して行くから少しここで待っていてくれ」


「はい……」


「……」


 ゼルフは彼女を置いて歩きだし、一つ一つの死体を一瞬触れていく。そして、その瞬間に死体たちは再び動き出していく。


「やはり……十体に一体は失敗するか。まあ、いい」


 彼が触れた途端に崩れ落ちる死体もちらほら。それでも、構う様子はなく、次々と死体に触れる。


 すでに、村人たちにこの様子は伝えられ、みな教会へと向かっていた。村の外には数百の死体が佇んでいる。まさか、それを潜り抜けて逃げようとする者はいない。普段、アリスト教信者でない者も『聖女』がこの教会にいるのは耳にしていた。まさか、見捨てはしないだろうと都合のいいことを思い浮かべながら。


 ひと通り、死兵を戻したあとで。


「さあ、思わぬ邪魔が入ったが再開しようか」


 ゼノスがそうつぶやいたとき。


<<光なる徴よ 聖なる刃となりて 悪しき者を 断罪せよ>>ーー光の印サン・スターク


 無数の光の矢が、死兵に向かって襲いかかり一瞬にして消滅した。


「はぁ……はぁ……」


 そこにいるのは、レイアとパーシバル。


「……聖女と守護騎士か……信じられん早さだ」


 道理に合わぬ事象に、闇魔法使いは首を傾げる。森の中には同数の死兵を置いてきた。アレを相手にするのは、少なくとも1日はかかる。


「まさか、裏ギルドの者に助けられるとはな」


 剣を抜いたパーシバルがつぶやく。


「……そうか、二手に別れたか……愚かな」


 ゼルフは納得したように頷く。物理的に間に合わないと判断した彼らは部隊を分けた。一つは囲まれた死兵を相手にする部隊。もう一つは村を守り、死者の王ハイ・キングを狩る部隊。


「彼らの覚悟は無駄にしない」


「ふふふ……どうやらそうやって、彼らを上手く言いくるめてここまで来ても、相変わらず、潔癖で高潔だな君たちは。その決断は悪手だよ。彼らの実力は先日のことで知っている」


 あの量の死兵を残りの者で倒せるわけがない。


「いや、彼らには……アシュ=ダールがいる……忌々しいがね」


 パーシバルは、本当に忌々しそうに答える。


「アシュ……確かに優秀な闇魔法使いだ。ここに、小細工をしたのも彼か。しかし、それでもあの数百の死兵たちを相手にできるかい?」


「……本当に不本意だけど、私は彼を信じる。そして……みんなを救ってみせる!」


 レイアはゼルフに向かって戦闘の構えをとった。

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