第25話 攻防

 月光だけがこの村を照らす中、レイアとパーシバルは数百の死兵たちに取り囲まれていた。


「どうしますか?」


 パーシバルが八方を牽制しながらレイアに尋ねる。


 絶体絶命と言えば聞こえはいい。いや、この場合は絶望が正しい表現だろう。ゼノスの言うとおりアリスト守護騎士は失策だと見なしていた。現に彼は勢いよく飛び込んだ彼女を止めようとして止められなかっただけだ。未だこの状況に打開策見出せていない。


 しかし、レイアは焦る様子もなく。


「少し時間を稼げる?」


 と問う。


「……30秒くらいであれば?」


「足りない……60秒」


「……かしこまりました」


 できないとは言わない。いや、できないということは許されていない。そのために、戦うために、守るために、ひたすら研鑽を続けていた。あとは行動で示すのみ。


「……来い」


 そうつぶやいて。


 騎士は襲いかかってくる死兵たちに魔弩を放つ。瞬く間に腐肉の破裂音が鳴り響くが、それは足音にかき消される。


 15秒時点。


 八方から一度に飛びかかってこれば、一本の剣では立ち向かえない。


 パーシバルの左手に、対の剣が抜かれる。


「……魔剣か?」


 ゼノスが興味深そうに尋ねるが、パーシバルはそれどころではない。ほぼ、息をする間も惜しいくらいに全力で動いている。


 特殊な素材と魔力で加工された剣は、魔剣と呼ばれる。ランクは各々存在するが、その中でも『至高』と位置づけられる天才名工フレイの一振り。


 シグル×ラグルと呼ばれる雌雄一対の双剣は、透き通るような白銀と眩いばかりの黄金の刃を持つ。


 まるで、舞を見ているかのように華麗で洗練された動きで、死兵たちを十字に切り裂いていく。


「見事だな……」


 敵であるゼノスすらも見惚れるほどの動き。だが、同時にこれほどの動きは長く続かないとも思う。


 35秒時点。


「……っ」


 パーシバルの肺に限界が近づく。すでに、吸った息は使ってしまった。もう数呼吸はできると思っていたがアテが外れた。死兵たちの動きが森に出現していた者達よりも遥かにいい。一度でも息を吐けば、たちまち彼らの波に呑まれてしまうだろう。


 45秒時点。


「……ゴホッ」


 口からドス黒い血が飛びだす。脳にも血が回らなくなってきた。意識が朦朧としてくる一方で、彼の動きは一層洗練さを増してくる。


「バカな……なぜだ」


 ゼノスは信じられないものを見るかのように、パーシバルを眺める。すでに、酸素欠乏症の症状が出ているが、無尽蔵の動きで死兵を斬り裂き続ける。いや、あの様子だと意識すらも飛んでいる。しかし、彼はまるで舞踊を踊っているように軽やかだ。


 55秒時点。


「そうか……」


 ゼノスはなにかを悟ったように手を挙げて死兵を退かせる。


 そして、それは突然起こった。


 一瞬途切れた死兵たちの間隙で、パーシバルは膝から崩れ落ちた。


「ぜぇ……ぜぇ……ひゅー……ひゅー……」


 酷使し過ぎたのか、すでに肺から穴が空いたような音がでる。紛れもなく重傷だ。


「ふふふ……随分驚かせてもらったが」


 もはや、本能でしかなかった。長年の修練が。その天才的な剣士としての才能が。身体をつき動かしていたに過ぎない。一瞬でも間が開けば倒れるのは自明の理。いや、むしろ無理をした反動でもはやあの男は動ける状態にないと判断した。


完全なる詰みチェックメイトだ……やれ!」


 そう叫んで、死兵たちに再びレイアを襲わせたとき。


 綺麗な弧を描いて。


 最後に、パーシバルの双剣が舞う。


 そして……60秒時点。


「なんて男だ……」


 驚き慄くゼノスを尻目に。


 静かにレイアの瞳が開かれた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る