第26話 魔法



<<月よ その暖かな光で 悲しき亡者を 滅せ>>ーー聖者の微笑みシグラル・エレ


「なんだ、その魔法は?」


 戦い最中に答える者など、物好きでもない限りはいない。それにも関わらず反射的にゼノスは尋ねていた。それは、大陸の全ての魔法を熟知しているにも関わらず、彼女のシールは今までに見たことのない紋様を描いたからだ。


 光と闇は多くの場合が相克の関係だ。光が闇を滅し、闇が光を喰らう。互いが互いを反発し、敵対し合う。


 しかし、月は違う。


 月は闇がなければ、輝かない。光が闇にとって相生の関係が成り立っている。


 皮肉にもその魔法は。


 もっとも闇魔法使いを憎む彼女から編み出されていた。


 このあたり一帯を白い光が輝きだした。数百の死兵は成すすべもなく立ち尽くし、やがてその身体は地面へと還る。


 消滅しているにもかかわらず。


 それは、まるでいだかれているように。


「超広範囲浄化魔法……とでも言うのか」


 ゼノスは自らの身体の調子を確認する。この新魔法の影響が無いとは言えないが、戦いに影響があると言うほどでもない。


「はぁ……はぁ……大丈夫、パーシバル?」


 警戒しながらも、守護騎士に治癒魔法をかける金髪美少女。


「こんな使い勝手の悪い魔法をよく編み出したものだな」


 ゼルフは半ば呆れとも取れるような表情を浮かべる。


 レイア=シュバルツ。紛れもなく彼女は天才だ。しかし、史実を見渡してみれば、天才は星の数ほど存在しており、本当に有用な新魔法というのは非常に少ない。膨大な時間を費やすそれを、その若さで開発することは実質的には不可能だ。


 効果的な魔法に思えて。この魔法の用途は限定される。詠唱時間が他の魔法の十倍を超える死兵殲滅用の広範囲魔法。しかも、今日のような満月でないと発動しないような限定条件まで付与されている。


「降参なさい、あなたは運が悪かった」


 以前、アシュと闘ったときには月が出ていなくて使えなかった。今日は、使えた。つまりはそういうことだ。


「対死者使いネクロマンサー用の魔法? 大陸にそれがいくらほどいるか……それでも、この魔法を開発した理由はなんだ?」


「……悪いけどあなたと会話を楽しむ気はないの」


 パーシバルの状態は確認し終えた。完治するには数時間の魔法が必要になる。応急処置だけ終えて、レイアは静かに立ちあがる。


「ふふふ、妙な聖女もいたものだな。神に仕える者が怨恨で動くか」


「……」


 頼りの死兵は全て消滅した。それにもかかわらず、ゼノス余裕の表情を浮かべている。


「『それは、つまりまだなにか対抗できる手段を隠しているということ』かい?」


「……っ」


 心の中を読まれ。


 レイアは一瞬狼狽える。


「君は若いな。その肌だと未だ18歳にも満たないのではないか?」


「……なにが言いたいの?」


「君みたいなエリートは挫折を知らない。僕が君よりも遥かに優れているということを、考えたこともないんだろうな。例えば、僕が君に正々堂々戦いを挑んだとしたならどうする?」


「……」


「それはそれで楽しいことだとは思わないかい? 僕は君に真正面から挑んで、君は正々堂々と僕に敗れる。その時に君がどんな表情を浮かべるか。少し趣向は変わったが、僕は見たくなってきたよ」


「……卑怯者には負けないわ」


「いい返事だ……なら、始めようか」


 ゼノスは静かに笑った。


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