第33話 協力

          *


 その日は、父であるシャールの誕生日だった。驚かそうと手作りのネックレスを持って椅子の下に隠れた。


 やがて、父が帰ってきた。その後ろには、やはり冷たい表情を浮かべていた闇魔法使いの姿があった。


「アシュ……頼むよ……」


 そう懇願する父の表情はあまりにも悲痛で、哀しげに映った。


「……」


「時間がないんだ。もう……時間が……ない」


「嫌だよ」


「頼むよ」


「……嫌だ」


「頼む……頼むよ」


「……」


「お父さんをいじめないで!」


 すがりつく父を見てられなくて、堪らず飛び出した。


「……レイア……違うんだ……違うんだ」


 何度も何度もそう言って。


 父はレイアを後ろから抱きしめる。


「……わかったよ」


 闇魔法使いは低い声でつぶやき。


「すまん……アシュ……」


 シャールはレイアの頭を優しくなでた。


          *


「……お父……さん」


 そうつぶやきながら彼女は目を覚ました。


 なぜ、今になって。アシュと出会った影響だろうか。まるで霧が晴れたかのように、今までよりも鮮明な光景だった。なぜ、父のシャールはあの闇魔法使いに謝っていたのだろうか。


 天井には不気味な声をあげながら飛ぶ鴉が、豪奢なシャンデリアを発する光の周りを廻っていた。


「そうだ……なんで……私……」


 なにが起きてるのか、ここはどこなのか……さまざまな疑問と記憶が走馬灯のように駆け巡り、状況を大まか把握した彼女は急いで起き上がる。


 紅に染まった絨毯をせわしなく動いているのは、黒い毛並みが特徴的な大型犬と緑の瞳が印象的な三毛猫。


 起き上がって、その猫を抱いてみる。しかし、まるでそれを気にせずに足をバタつかせている。


「……生きて……ない?」


 レイアはつぶやき、絨毯にゆっくりと戻した。


 一見、のように見えるこれらは物でない。鴉は規則正しく同じ場所を飛び廻り、大型犬と三毛猫も、まるで舞台の公演を行なっているかのようなじゃれ合いを演じている。


 それは、奇妙奇天烈と呼ぶに相応しい光景だった。


「お気に召していただいたかな?」


 振り向くとそこにはゼノスがいた。


「なっ……どうして……」


 すぐに戦闘態勢の構えをとるレイアに、ゼノスは左の掌を見せる。


「待て。貴様と争う気はない」


「私はある!」


 そう言って、魔法の詠唱チャントを開始するが、構わず闇魔法使いは話し続ける。


「レイア=シュバルツ。最年少でアリスト教徒の聖女の位に就任。その後、特に闇魔法使いの討伐に意欲を燃やし今年はもう105名を捕獲した。8歳の頃、シュバルツ家の養子となった。その原因は幼少の頃、自分の父親を殺されたから。貴様の父親を殺したのは……アシュ=ダール」


「……っ、なぜそれを?」


「ふふふ、貴様が寝ている間、ひと通り頭をのぞかせてもらったよ」


「なっ……」


 思わず両腕を交差して胸に置く。


「安心しろ、貴様の身体には指一本触れていない。お前みたいな小娘に興味はないし僕が愛しているのは、マリアだけだ。それに、今後のこともある」


「……」


「なあ。手を組まないか?」


「……手を?」


「なにを犠牲にしても、あの男を殺したいんだろう?」


 全てを見透かすような忌まわしい瞳で。


 ゼノスはレイアを鋭く睨む。


「……」


「お前の隷属魔法は解いてやる。言っておくが、この闇魔法は特殊だ。これはヘーゼン=ハイムですら解けない。たまたま、同じ魔法の研究をしていて解除方法がわかっているに過ぎない。奴以外の魔法使いで解けるのは私くらいのものだろうな」


「……」


「貴様の目的は、アシュ=ダールの討伐。この機会を逃せば、一生果たすことはできない。それとも、奴の玩具として復讐を果たさぬまま生きていくか?」


「……わかったわ」


 迷うことはなかった。


 全てを奪い去っていったあの男に復讐をする。


 全てを犠牲にしたとしても。


 全てを裏切ったとしても。


 なにも迷うことなど。


 しかし、その決意とは裏腹に、己の中に重いものがのしかかってくるのを彼女は感じた。


「ふふふ……よし。これで、私と貴様は運命共同体なわけだ」


 そう言って、ゼノスは右手で握手を求めるが、レイアがその手を動かすことはなかった。


「馴れ合いはしない。私とあなたは手を組むだけ」


「……いいだろう」


 もちろん、アシュ討伐後は再び敵対関係へと戻る。いや、むしろその後はこの男に殺される可能性が高い。しかし、それでもよかった。いや、むしろその方がいい。それこそが裏切り者の末路だと、レイアは思った。

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