第32話 思考


「……なにを言っている?」


 ナイツの声は震えている。それは、裏ギルドで百戦錬磨をこなす魔法使いにも理解に及ばぬことだった。当然、ロドリゴは話についていけずに眠りそうになっている。


「この美しい肌も……この艶やかな髪も……全て造りもの。これは、素晴らしい……」


 アシュはウットリしながら彼女を見つめる。


「ありがとうございます……」


「美しいだって? バカなことを言うな!」


「どこをどう見たって美しいじゃないか。彼女が、ゼノスを宝物のように扱っている理由がよくわかる……いや、まさか彼女は自ら思考しているのか?」


「ありがとうございます……」


「君のことをもっと教えてくれないか?」


「はい……」


「君はどうやって造られた?」


「はい……私はゼノス様に創造されました」


「……どこで造られた?」


「はい……私はゼノス様に創造されました」


 その噛み合わぬチグハグな質疑応答に、初めて悔しそうに闇魔法使いは唇を噛む。


「そうか……いや、さすがにそこまでには至っていないか。これは……大いなる不幸と言えるが、今回の件にしてみれば朗報だと言えるかもしれないな」


 一人で納得したように、グルグルグルグルと動き回る。


「どういうことだ?」


「彼女の頭にあるパターンを記憶させて、それを答えさせているな。その点であると人間と定義するにはまだ遠いかもしれないな」


「……人形ということか?」


「まあ、そういうことだな……しかし、素晴らしいことには変わりない」


「アシュ、貴様は言ったな。今回の件で朗報と言ったのはなぜだ?」


「ゼノスが彼女の思考までも創造していたのなら、僕らに太刀打ちできるレベルではない。しかし、それができていないのならば、まだ辛うじて勝機はある」


「そうか……で、俺たちはどうすればいい?」


「……気持ち悪いな。君が僕の指示に素直に従うなんて」


「レイアが敗れたのなら……悔しいが、死者の王ハイ・キングに太刀打ちできるのはお前しかいない。そういうことだ」


 悔しそう。


 本当に悔しそうな有能魔法使い。


「ククク……なるほど。君はアレだけ僕を嫌いながらも天才である僕を頼りにするしかないということだね。天才である僕の天才性を」


「……」


 嬉しそう。


 非常に嬉しそうな性格最低魔法使い。


「まあ、頼りにするのは結構だけどね。君たちの微力も必要になってくるだろうし。まず、ナイツ君はパーシバル君の治療をしてくれ。あの戦力は貴重だ」


「わかった」


「あと、それと、そこでイビキかいて眠っているボンクラ戦士を引き上げて行ってくれ。僕と彼女との甘い語らいの邪魔になる」


「……」


 先ほどまでの怒りを忘れ、グァー、グァーとイビキをかく脳勤戦士を担いで帰ろうとする貧乏クジ魔法使い。


「ああ、あと一つ……」


「……なんだ?」


 ナイツは、その重みで腰が抜けそうになりながらも、さも済ましたような顔をして尋ねる。


「ここからの戦いは覚悟するといい」


「……覚悟?」


「互いに闇魔法使いの戦いだ。まあ、マリアさんという奇貨がこちらにある分には、一歩有利であることには変わりはないが……言っておくが、これは魔法使いの力量勝負ではない」


「力量勝負じゃない?」


 その問いに。


 闇魔法使いは歪んだ笑顔を浮かべて答える。


「ああ……これは……心を殺す戦いだ」


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