第8話 更なる不幸
サラの家は比較的広い一軒家だった。22歳の彼女には、下には8歳下の妹と5歳下の妹がいる。麦畑の農夫である両親もまた同居しており、平民の中でも、ごく平凡な平民である。
そんな家の玄関前で。
「はじめまして。僕の名はアシュ=ダール。人の出会いは一期一会、あなたのような美しい女性と出会えたこの幸運に、今夜ワインで乾杯したいと思うんだがどうだい?」
「えっと……その……」
「サラ、誰だい? 我が愛しの妻を口説いているこのクズ男は?」
目の前に夫がいる前で、堂々と妻を口説き落とそうと試みるゲス魔法使い。
「
「はぁ!? まだ、お前はそんなこと言っているのか! あんなところの砦なんて放っておけばいいんだ」
「だって……私、見たんだもん! あんな光景を見たら、お父さんだってそんなこと言えないわ」
「だからって……聞いたぞ! お前、アリスト教なんかにも助けを求めたって」
「……それは」
「あんな奴らに頼んだってなにもしてくれるもんか! それに、こんな変な男を連れてきて……いったいどういうつもりだ!?」
「ふっ……しかし、お美しい。あなたの魅力を例えるのなら大海のーー」
「いや……あの……ちょっと……」
変な魔法使い呼ばわりされたアシュは、完全に口論を無視して『大海の云々』と歯の浮くような台詞を並びたてている。
そんな中、後ろからついてきたパーシバルが前に出る。
「後半部はまあ納得しますが、前半部は聞き捨てなりませんな。我がアリスト教は事態を重くみて、ここに聖女レイア様を派遣しました」
「……聖女? 貴族の欲にまみれた女だろう。どうせ、ここにきた理由だって、
「……」
確かに、平民の願いでは聖女を派遣するというところまではいかない。事実、別で
平民の中でアリスト教を嫌う人々は多い。昨今、教団の活動のため必然的に貴族に寄り添いがちな風潮である。
「ふっ……ご主人。あなたの主張はもっともだ。彼らの創造主アリストが宗教を起こした善意は否定しない。ただ、日が経つにつれてその想いは形骸化されている状況。それを、君たちアリスト教徒は真摯に聞かなければならないと思うね」
「「「……」」」
妻を口説こうとしていた不貞魔法使いに庇われて、また変な魔法使いに正論めいたことを言われ、誰もが嫌な気持ちになった。
そんな中、レイアがサラの父親に近づいて十字をきる。
「……現状の教会が貴族寄りであることは否定しません。しかし、私たちはあなた方も守りたい。誰も死なせたくはない。その想いは、どうか信じていただければと思います」
「……ふん」
サラの父親は、なにも言わずに奥へ引っ込んだ。
「レイア様、申し訳ありません」
彼女は深々と頭を下げる。
「いえ。これは我々アリスト教の不徳です。どうかお気になさらずに」
「……はい」
ああ、やはり聖女様は素晴らしいと考え直す。いや、というより、むしろ、最初から彼女だけでよかったんじゃないかしらと自問自答する平民美女。
「茶番は終わったかい? じゃあ、そろそろ本題に入ろうか」
「……」
そのあまりにも腐った言い草に。
サラは、やはりアリスト教にだけ頼めばよかったと後悔した。
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