第9話 震えるほど寒い夜



 夜が更けて、村人たちは各々の家へと戻る。ある者は麦を耕し終え、ある者は働きもせず酒に酔い、ある者は肩を落として売れ残りを持ち帰る。


「今日は、動きはなかったね」


 アシュは窓の外を眺めながらつぶやく。侵略はスピードが命だ。てっきり今日のうちになんらかの行動があるかと期待したのだが。


「あ、あの……今日はどこに寝る気ですか?」


 サラがオズオズと尋ねる。


「えっ……この狭い家には、ここ以外に寝床があるのかい?」


 至極当然であるかのように、パチクリと瞳をしばたかせる。なにも言ってはいないのに、いつの間にか彼女のベッドにスタンバイしているエロ魔法使い。


「あ、あなた……まさか、このベッドで寝る気なの?」


 不本意ながらも側にいることを余儀なくされているレイアは、そのキチガイ発言に思わず耳を疑う。


「まぁ、僕は彼女に呼ばれた客人だから。他に泊まるところがなかったら致し方ないよね」


 アシュは、ぜんぜん致し方なさそうに答える。


「ちょっ、彼女の意向は!?」


「意向もなにも……元々は彼女が依頼してきた話なんだから。僕は彼女の依頼に応えたわけだ。まさか、この寒空の下に放り出す訳はないだろう?」


「……っ」


 放り出してもらいたい。圧倒的に、徹底的に、足蹴にして放り出してもらいたい金髪美少女。


「レイア君、君はそこの猫目君とともにあの寂れた教会のお世話になりたまえ。ここには、残念ながら彼女と僕のスペースしかないようだからね」


 さも残念そうに、全然残念じゃない闇魔法使いは肩を落とす。


「ね、猫目って……まあ、いいや。行きましょうか?」


 パーシバルは、苦笑いを浮かべながらレイアの方を見るが、彼女は顔を真っ赤にしながらアシュを睨み続けている。


「……ダメ。このまま行かせられない」


 この最低男の毒牙にかかろうとしている女性を目の前に、見て見ぬフリなんてできる訳がない。


「はぁ……お言葉ですが、ここからはプライベート。あの男の言うとおり、踏み込むべきではございません」


「そう言うことだ。君たちは寒々と神に祈りでも捧げていたまえ。僕は彼女とともに、ここで身を寄せ合って暖かく過ごすから。さあ、そろそろ寝ようか?」


 そうサラの肩を抱いて、さり気なく、しかし明確な下心という名の意志を宿した最低男がベッドへと向かう。当然、一人用。二人で寝るなら相当密着しなければならない。


 つまり、そういうことなのである。


「えっ……ちょ……あの……」


 覚悟はしてきた。お金も支払えない以上、そういうことも仕方ないと。しかし、いざ肩を抱かれて見ると身体の震えが止まらない平民美女。


「ちょっと待ちなさい!」


 思わず声が出ていた。サラの震えと怯えの表情を見てしまったら、それを見過ごすことはどうしてもできなかった。


「ふぅ、なんだね。まだ、この場にいたのかね? 相変わらずアリスト教徒と言うのはデリカシーのかけらもーー」


「私の部屋に泊まりなさい!」


「……は?」


「あの……だから……泊まるなら、ここより私の部屋で……その……」


 今、絶対に顔から火が出ているとは、金髪美少女の実感である。


「ちょ、レイア様。あなた、なにを言ってーー「黙りなさい、聖女のお供に過ぎないアリスト守護騎士殿」


 慌てふためくパーシバルの言葉を、食い気味にアシュが遮る。


「……」


「レイア君、まさか、聞き間違いかと思うのだが君は僕と一緒の部屋に泊まると言ったのかい?」


「……っ」


 我が発言ながらバカげていると思うが、もう引き返せない。震える首をやっとのことで縦に振る。


「……ククク、モテる男は辛いねえ。サラ、残念ながら非常に熱いお誘いがあったのでね。君との甘美な夜は別の機会に過ごそう。


 闇魔法使いは至福の表情を浮かべていた。








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