第10話 生贄の美少女


 しがない村の小さな教会の中には、宿泊できる部屋は二つ。一つは神父用。そして、もう一つは来客用。当然、男性のパーシバルは神父の部屋に。


「いや、当然あなたもコッチの部屋ですよ」


 圧倒的な敵意を剥き出しにするアリスト守護騎士。いや、むしろ本来の標的よりもこっちの方が大問題だ。聖女と見知らぬ男性とのスキャンダル、他宗教や政敵からは格好の標的となる。


 上位位階の命は絶対服従なので、レイアの決めたことには逆らえない。だからこそ、ここは必ず別部屋を了承してもらわねばいけない。


「なにを言っている。誰が悲しくてむさ苦しい男どもと一緒の部屋で過ごさなければいけないんだよ。断る。断固拒否させてもらう」


「な、ならば他の村人に頼みこんで来ますよ」


「なぜ見ず知らずの村人と一緒に寝なければいけない? そんなことならば、僕はサラの元へ帰らさせてもらう」


「……っ」


 即座に身を翻そうとするアシュに苛立ちが止まらないパーシバル。それを言えば、レイアが引き止めてくるとわかった上での発言だ。


 なんて嫌な奴なんだとは、聖女の従者としての想いである。


「パーシバル……や、やめなさい。私なら、大丈夫だから」


 震えるような声で、全然大丈夫じゃなさそうな表情で金髪美少女はニッコリと笑う。


「……わかりました」


 こういうしかない。アリスト教徒は位階が絶対的なものだ。上位教徒の指示には一切の反逆は許されない。パーシバルのような敬虔な信者であれば、例え『死ね』と言われても黙って頷いてその場で果てる。


「やっとわかってくれたようだね。さあ、レイア君。水浴びを済ませておきたまえ。僕は先に部屋でくつろいでいるから」


 勝ち誇ったような表情を浮かべ、部屋に入って行く闇魔法使い。


「レイア様……」


「だ、大丈夫よ。私はあんな人に手篭めにされるほど弱くはないわ」


 完全かつ圧倒的な強がりを言ってのけるレイアだが、実際には手篭めにされ得る。いや、むしろ隷属魔法でアシュから手出しされたら拒否することは不可能。もはや、気分は生け贄。


「……まあ、確かにそうですね」


 しかし、そんなことを言われればそんな風に思ってきたアリスト守護騎士。現にレイアの実力は歴代聖女の中でも飛び抜けている。あの闇魔法使いがどの程度の実力かは知らないが、彼女を圧倒的に抑えこめる魔法使いなど史上最強魔法使いヘーゼン=ハイムくらいのものだろう。


 そうと決まればさっさと就寝の支度をするため、神父の部屋へと入って行く。金髪美少女が至極不安な表情を浮かべながら見送っていることを、パーシバルは気づかなかった。


「あの……まあ、とにかく水浴び場はこっちです」


 神父はまったくもって我関せずの様子で、案内を始める。


「……」


 ローブを脱ぎ、身を清めるために冷水の中に入る。


 まさか、こんな事態になるとは思わなかった。この瞬間にも逃げだしたいような衝動に駆られるが、それよりも逃したくないという想いが遙かに勝る。


「……ううん」


 レイアは大きく首を振る。


 例え、身体を好きにされ傷ものになっても、心までは傷つくものか。その屈辱を一万倍に返してやればいい。それまで我が身など、いくらでもくれてやる。


 金髪美少女は、もう一度、顔いっぱいに水を浴びて外へと出た。

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