第46話 想悪魔


 ゼノスはバラバラになったアシュの身体を見下ろす。


「首がなくなって生きていられる人間がいるか?」


 アシュの様子を観察して、その不死の正体を異常な再生力と見た。不死などはあり得ない。『人は必ず死ぬ』というのが死者の王ハイ・キングとして500年生きてきた男の結論である。


「……」


 一方、レイアは半ば拍子抜けとも言える想いを感じていた。


「同情しているのか?」


「まさか……でも……こんなにも呆気のない……」


 最期に見たその姿は、あまりに無防備だった。他ならぬアシュが同じ手を使ってレイアを陥れた。そんな非道な男が、なぜ。


「……君の記憶を見た。ヤツはどうすれば、心が折れるかを知っていたんだ。それは、他ならぬヤツが同じような心の弱さを抱えていたから。それが……彼女だ」


 ゼノスの視線にはリアナと呼ばれた美少女が立っていた。亜麻色ロングで蒼色の瞳。その表情には喜怒哀楽、なんの感情も読み取れない。


「……」


「もちろん偽者フェイクだ。ヤツがマリアの偽者を作ったのと同じことをしたまでだよ」


 ヘーゼンから渡されたものは彼女の情報だった。そこから、彼女に似た死兵を改造して本物と瓜二つのものを造り上げた。


「……」


「どうした、やっと父の仇を打てたんだろう?」


「……ええ。でも」


 アシュの死体を眺めながら、別の感情が湧いてくる自分がいる。なにか……なにか大切なものを忘れているかのような。


「フフフ……さすがは聖女というところか」


 ゼノスはそうつぶやき、魔法の詠唱を開始する。


<<その深き 哀しみの罪を 忘却なる魔と 呼べ>>


 地面に描かれた象徴から、悪魔が出現した。


「想悪魔ルバート……」


 オリヴィエと同じく低位の悪魔であるが、戦闘は苦手としている。


「知っているか。では、この悪魔の特技もわかるな?」


「……罪の忘我レ・マイド


「ご名答」


 この悪魔は、人の記憶を消去したり呼び戻したりすることができる。


「なぜ……私にこの悪魔のことを?」


「フフフ、そう尋ねながらも、もうわかっているのだろう?」


「記憶を……消した……」


「ああ。君の記憶を呼び戻したときに、余計なものまで見えてきたのでね。都合の悪いものは消させてもらった」


「……なんの記憶なの?」


 ドクンと。


 レイアの心臓が脈打つ。


「君が知らない方がいい記憶さ」


「……戻して」


「やめておけ。呼び戻したら後悔するぞ」


「……いいから!」


「いいか、これは親切心だ。君は父親の仇を打った。念願だった仇を。それでいいんじゃないか」


「早く!」


「フフフ……どうしても偽善者になりたいんだな。わかった……ルバード」


 ゼノスがそう指示すると、想悪魔はレイアの頭に向かって黒い光を投げかけた。


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