第44話 無策


「常人が魔法を放つ時、その腕と指を駆使して象徴シンボルを描く。それは、脳内の魔力野ゲートから発生する魔力を外部に放つ行為だ」


 アシュの説明は、トドメを刺そうとするゼノスの動きを止めるのには十分だった。


「フフフッ……まさか、私に講義をしようとする者がいるとはね。その通り。そして、君は指一本すら動かせない訳だ。そうなれば、魔力を外部に放つ手段は無くなる。完全なる詰みチェックメイトだよ」


 ここからの逆転はない。


 そう確信しているゼノスは笑う。


「それは君たちのような凡人の魔法使いだろう? 例えば、僕のような天才魔法使いは違う」


 そう答え。


 天井に向かって詠唱チャントする。


<<命を刈り取る悪魔を死せん>>


 瞬間、魔法陣から悪魔が出現した。人ほどの大きさを持ち、漆黒の翼を持つ。鋭い瞳は、明確な殺意を持ち、野獣のような牙が獰猛に光る。


 悪魔召喚。


 悪魔との間に主従契約を結ぶことによって、異界より召喚する魔法である。契約は各々の位階によって異なるが上位になるほどに契約内容の難度は上がる。


 しかし、ただ詠唱チャントするだけでは召喚などできない。


「ご機嫌はいかがかな、オリヴィエ」


 アシュは、歪んだ表情で、笑った。


「……バカな」


 ゼノスは目の前の事象が信じられなかった。


 魔法は、魔力野ゲートという脳の一部を通して、発せられる。しかし、体外へ発するためには、魔力野ゲートから生じた魔力を体内に構築し、魔法の理を言語化する詠唱チャント象徴シンボルを描くことによって、魔法の理を外部に放つシールが必要である。


 魔法を放つにはシールを行うことが不可欠。


 と、言うのが世界の見解である。


 いや、アシュ=ダール以外の。


 彼しかできない唯一の方法で。


 アシュは、魔法を放った。


「ククク……」


「……そうか、血で」


 数秒ほど遅れてゼノスも理解した。


 魔力野ゲートから自らの血液に魔力を巡らせ、アシュは地面に象徴シンボルを描いた。凡庸な戦いをしているフリをして、動きまわり、血を流し続け、ついにはゼノスとレイアを騙した。


 この戦い方はアシュにしかできない。常人ならば象徴シンボルを描く前に出血多量だ。ゼノスやレイアにバレぬよう自然な形で血を流し複雑な象徴シンボルを描く。何度も何度も失敗し、やり直し、ついに出現可能な象徴シンボルを描けたときに、アシュは地に伏したのだ。


 出現したのは烈悪魔オリヴィエ。戦闘においてアシュが最もよく使役する悪魔である。低位の悪魔の中でその戦闘力は最強クラス。遠隔性の攻撃を得意とするアシュに対し、肉弾戦を得意とするこの悪魔はその鋭い爪で鋼鉄すら斬り裂く。


「オリヴィエ……やれ」


 主人の号令とともに、列悪魔が扉に拳をぶち当てて大穴を開ける。アシュは、すかさず立ち上がって脱兎の如く階段を駆け下りる。


「なっ……」


 ゼノスの声を背中で聞きながら。


 逃げる。


 逃げの一手。


 動けないというのも。


 指一本動かせないというのも


 全部このときのための嘘だった。


 この場ではどうあがいても勝てないことを悟り、全身全霊を込めたフリをして、あたかも全力を注いだ演技をして、地面に倒れこんだ。このときのために、ゼノスやレイアを騙すほどダメージを食らった。


 階段を降りれば仲間がいる。


 少ないが、逆転の目がある。


「はぁ……はぁ……ぜぇ……ぜぇ……」


 階段がいやに長く感じる。


 後ろから追ってくる音はない。


 身体が痛みで悲鳴をあげている。不死だとしても、偽れないその傷に気を抜けば意識をもっていかれそうになる。しかし、もう少しだ。


 ……もう少し。


「ぜぇ……ぜぇ……」




















 到着した。

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