第34話 秘密


 その時、一羽の鴉が帰ってきた。そのクチバシには、洋筆紙を加えている。


「……ちっ、ゴミ情報か」


 不機嫌そうにグシャグシャに丸めて、地面に叩きつける。レイアがそれを拾うと、そこには文字が書かれていた。


『アシュ=ダールは、3年前にセジーナ国デルラック大通りで、デルアータという女性からビンタされてフラれるーードゥラ=グロウ』


「……なにこれ?」


「情報屋から提供されるものだ。大陸に三千人雇っている。この鴉で価値に応じて対価を支払う」


「そ、そんなお金どこから……」


「ふふふ、私も研究者の端くれでね。あまり、お金には困っていないんだ」


「……」


 謙遜してはいるが、これだけのレベルの魔法使いならば、全く不思議ではない。大陸有数の懸賞金をかけられているにも関わらず、なぜこの男が捕まらないのか。その理由がわかる気がした。


「しかしこの男……くだらない情報が多すぎる。使える情報と言えば、これぐらいだな」


 ゼノスは神妙な面持ちをしながら一枚の洋筆紙を眺める。


「……どんな情報なの?」


「あの男はずっと神導病の研究をしている」


「神導病って……あの?」


 神導病は、一千人に一人発症するといわれる病気である。予防法も、治療法もなく、発症する原因すら解明できていない。1つの街の人口が、数万人だとすれば、毎年数十人の死者が出る。珍しい出来事ではない。すでに、日常と同化しているこの病気を、『運が悪かった』としか言いようがないこの病気を、吐血してから例外なく一年ほどであっさりと死んでしまうこの病気を、人々はいつしかそう名づけた。


「それも、お遊び程度のものではない。裏ギルドで得た報酬を全てその研究に費やしている」


「……なぜ?」


 その治療法が開発されれば、年間数万人の患者が助かる。あの邪悪な男にそんな研究は似合わないと言うのが率直な感想だった。


「さあ。もしかしたら……いや、意外でもないが出世欲のある男なのかもしれないな」


「……」


 もし成功すれば大陸魔法協会最優秀賞は確実だ。そして、あの自惚れと巨大な自己顕示欲からすれば、彼がその治療法を開発しているのも不思議ではない。いや、むしろ受賞したりすればその男のふんぞり返りようは留まることを知らないだろう。


「しかし、奴も無謀なことをする」


「無謀?」


「ああ……魔法使いの研究者はみな、治療方法の発見を夢見て、そして破れていく。10年前までは発症する患者も、時期も、性別も、全てが無作為。そこに、規則性はまったく存在せず、その原因すらも掴めてはいない病気


「……だった?」


「あのヘーゼン=ハイムが病気の原因を特定することに成功した。先天的に脳内の因子形状が神導病になるかを決めているそうだ」


「なら……その発見をキーにしてさらに研究を進めようとするのは自然じゃない?」


「……自分一人では不可能だと思ったのだろうな。ヘーゼンはその研究成果を無償で大陸の著名な研究者たちを配った。そこで研究者たちは口を揃えて言ったよ。『この治療法を完結させることは不可能だ』と。今やその研究をしている者は誰もいない」


「……あなたも?」


「まさか。私はこんな不毛な研究はしない」


「……神導病」


「なにか……思い当たるか?」


「いえ、でも……」


 なにかひっかかる……それがなんなのかはレイア自身にもわからないが。


「一時的に貴様の記憶を呼び起こす魔法を使った。そのせいかもしれないな」


「……」


「まあ、もう数日も経たずに記憶が全て戻るだろうが、それまでには片はつく……しかし、ヘーゼン=ハイムか……貴様に説明していたお陰で思いついたよ」


 ゼノスはニヤリと笑顔を浮かべ、一羽の鴉を窓の外へ飛ばす。


「どこに飛ばしたの?」


「ヘーゼンの元へ。以前は奴の弟子であったらしいからな。そこで、奴の弱味を握る」


「……そんなことしなくても、あなたは勝てるんじゃない?」


 レイアは素直にそう尋ねる。ゼノスの闇魔法は圧倒的だった。アシュもまた強かったが、少なくとも絶対に勝てないと思わせるほどの実力ではなかった。


「いや……あの男は……アシュ=ダールは侮れない。実力自体は勝っていると思うが、あの……性格最悪が故の卑怯な戦法が厄介だ」


「……」


 それについては1000パーセント同意の金髪美少女。


「奴に向かう時には、覚悟しておけ」


「……覚悟?」


「闇魔法使い同士の戦い……これは魔法使いの力量勝負にはならない」


「力量勝負に……ならない?」


 その問いに。


 闇魔法使いは歪んだ笑顔を浮かべて答える。


「これは……心を殺す戦いだ」

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