第15話 新たな手がかり (上)
――自殺は恥ずべき死ではありません
――人を追い込む社会に抗議の声を
――あなたは決して一人ではないのです
自殺サイト撲滅キャンペーンの公式ページに並ぶ文字。もっと過激に「悪魔の羽根」を集中攻撃しているとばかり思っていたので、少々拍子抜けだった。
しかし考えてみれば確かに、ここで自殺サイトの名前を出して非難してしまうと、その名前で検索する者が増えてアクセスが集中する。良い宣伝になってしまう訳だ。それを防ごうと思うのであれば、徹底的に名前を出さないという戦法は間違ってはいない。
自殺サイトを検索結果に表示しないよう、検索サイトに要請を出しているとの新聞記事の画像も貼り付けられている。目的のために取るべき行動は取っているのだろう。だが、それでもやはり狭い意味での「自殺サイト撲滅」というよりは、もっと広い意味での、ふんわりした感じの「自殺防止」のためのサイトにしか、俺には見えなかった。
ただ篠生幸夫の活動は強調されている。最前面に押し出してはいないものの、講演会を中心とした活動記録は、どのページからでも飛べるようにリンクが張り巡らされていた。自殺サイトの撲滅よりも、篠生幸夫のイメージアップが主目的なんじゃないのか。そんな俺の感想は果たして意地悪な見方だろうか。
「何かの選挙にでも出る気か?」
そうつぶやいてはみたものの、いま考えるべきは政治ではない。海崎志保だ。こいつを強請れるネタを探さねばならない。俺は一つため息をつき、ブラウザを閉じた。
ジローにカレーを食わせた後、長畑房江と芦則佐太郎を「復習」させてみたが、特に収穫らしい収穫はなかった。ただ気になった点が一つ。「賄賂」で釣った芦則佐太郎はともかく、長畑房江は何故ああも饒舌だったのか。
――奥様についてイロイロ言う人もいますけど、私はよく耐えておられたと思いますけどね
やはりこれが理由か? これを言いたいがためだけに? 前の雇い主に忠義立てたってことか? 俺は咥えたタバコの煙を肺の奥まで吸い込んだ。そして鼻から吐き出す。引っかかるほどのことではないのかも知れないが、長畑房江の考えていることがイマイチ理解できない。もしかして単なる喋り好きだったんだろうか。
PCの画面とキッチンの照明だけが明るく輝く薄暗い部屋。ジローはもう寝ている。俺はたった一人で、動物園のクマのようにうろうろと歩き回っていた。
「……コーヒーでも飲むか」
灰皿でタバコをもみ消し、湯を沸かしにキッチンに向かう。そのとき事務机の上に置いてあったスマホに、ショートメッセージが届いた。
昼OC
三文字。暗号でもあるまいに。たぶん向こうは仕事中なんだろうが、もうちょっと文字数使ってもいいんじゃねえの。まあ、わかるから別に構わんけど。俺はヤカンをコンロに置いて火を点けた。ついでにガスでタバコにも火を点ける。さて、明日は晴れてくれると助かるんだがな。
◆ ◆ ◆
チャレンジ六日目。金曜日。
朝、まだ暗い時間に目が覚めた。メールはもう届いている。キャプテンは私を忘れない。キャプテンだけは私を忘れないでいてくれる。少なくとも、いまのうちは。
リストカットをして、写真をキャプテンに送らなければならない。リスカは三日目にもしているけど、そのときは一箇所だけだった。その傷はまだ残っている。
今回は二回目なので二箇所切るのだそうだ。全部会わせて三箇所、カタカナの『キ』の字みたいにするのがカッコいいらしい。でもあんまり傷口が大きいと、リストバンドで隠せなくなる。それは困る。……こうやって怖がるのがカッコ悪いんだろうか。
「笑わせんなブス。おまえは生きてるだけでカッコ悪いんだよ。余計なことを気にする前に、やるべきことをやれ」
キャプテンならそう言うかも知れない。いや、もっと酷いことを言われるだろうか。でも、無視されるよりはマシだ。キャプテンにまで無視はされたくない。とにかく母さんが起こしに来る前に終わらせないと。
一回目はカミソリを使ったけどあまり切れなかったので、今度はカッターを使ってみる。切れすぎて出血多量で死んだりするかも知れない。でもそのときはそのときだ。この程度のチャレンジがクリアできなきゃ、本当にクズのままだから。そんなのは、死ぬより嫌だ。絶対に。
明日は土曜日。明日と明後日でチャレンジを頑張って、キャプテンに褒められる。それがいまの目標。だから、今日は最低限のことはやらないと。
◆ ◆ ◆
今日は朝から注文通りの秋晴れだった。降水確率は、午前も午後もゼロパーセント。絶好の行楽日和らしい。もう随分長い間、とんと縁のない言葉だが。
そんな昼前、俺は電車に揺られていた。都心部に向かう急行には座る場所などない。しかし、二十分や三十分立つのが辛いほど歳を食っている訳でもない。タバコを吸えないのがどうにも苦痛ではあるものの、別に半日くらい禁煙しても死にはしない。健康にもなりはしないだろうが。
もちろん可能ならばクラウンで移動したいところではある。しかし、いかに便利なクラウンだとはいえ、さすがに駐車場がなければ手も足も出ない。都心部では駐車スペースを探すだけで一苦労だし、仮に見つかったところでバカ高い料金を取られる。素直に電車で移動した方がストレスがない分マシだ。
ジローは事務所で留守番。まあ、どうせ動かそうとしても動かないヤツだから、何かを勝手に触って壊したりするような心配はない。放っておいても大丈夫だろう。昼飯を抜いたくらいじゃ飢え死にもしないしな。
しかし電車で黙々と揺られている時間がもったいない。こういうとき、自分が貧乏性なのだと思い知る。とりあえず現時点で考えられることを頭の中でまとめてみるか。
・篠生幸夫はおそらく海崎志保の秘密を知っている
・その秘密は、おそらく研究所の事故に関するものだ
・篠生幸夫はそれを、おそらくカウンセリングで知った
・篠生幸夫と海崎志保は、おそらくただの医者と患者という関係ではない
・つまり、おそらく二人はデキている
・研究所の事故は、おそらく旦那が邪魔になった海崎志保が起こした
……全然ダメだな。「おそらく」ばっかりじゃ話にならん。こりゃ推理ってより妄想だ。三流の週刊誌やスポーツ新聞の記者なら、これで記事が書けたりするのかも知れないが、さすがに妄想を根拠に金を出せって強請られて、素直に出す馬鹿はいないだろう。警察を呼ばれて終わりだ。
もちろん誰かを強請るのに、必ずしも証拠は要らない。口八丁だけでも強請れないことはない。だが説得力だけは絶対に要る。これを口外されては困る、と相手方に思わせられなきゃ意味がないのだ。実際のところ、海崎志保がどうやれば研究所の事故に関与できるのか。そんな裏技があるのかどうか、そこがわからないとどうしようもない。
仕方ない、ちょっと見る角度を変えてみるか。
・悪魔の羽根によって篠生幸夫は娘を失った。これは間違いない
・篠生幸夫の娘は海崎志保が理事長を務める学校の生徒だった。これも間違いない
・海崎志保は篠生幸夫のカウンセリングを受けていた。これも間違いないだろう。
・篠生幸夫はカウンセリングで海崎志保の秘密を知った可能性がある。
・その秘密とは、実は悪魔の羽根は海崎志保が作り上げたものだった……?
これじゃ話が通じねえな。娘の自殺後の篠生幸夫の行動が不自然だ。いや無理をすれば通じなくもないが、普通自殺サイト撲滅キャンペーンを立ち上げるより、娘の復讐の方が先に来ないか。篠生幸夫と娘は不仲だったんだろうか。それとも医者と患者の関係だから海崎志保に復讐ができない、なんて特殊な倫理観があったりするのか。
確かに海崎志保については、何らかの事件の黒幕であってくれた方が俺にとっては有り難いんだが、あまりにも希望的観測、あるいはご都合主義に過ぎる。実際は研究所の事故にも悪魔の羽根にも、まったく関与していない可能性だってある訳だ。
まあ、もしもそうなりゃ、いままで使った金は全部無駄ってことになるんだが。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます