第22話 築根麻耶 (上)
チャレンジ八日目。日曜日。
今日のキャプテンからの指示は簡単だ。高いところに上って写真を撮ってメールで送ること。たったそれだけ。
ただ、どこでもいい訳じゃない。たとえば自分の家の二階、これはポイントがゼロだ。ポイントは場所が上ならば上なほど、危険なら危険なほど高くなる。同じ高さでもマンションのベランダよりビルの屋上の方がポイントが上だ。同じビルの屋上でもフェンスの内側より外側の方がポイントが高い。
ポイントの低い写真なんか送っても、キャプテンに馬鹿にされる。いや、無視されるかも知れない。何とかポイントの高い写真を撮らないと。
普段の行動範囲で一番高い建物はどこだろう。やっぱり学校か。でも学校の屋上なんて、たいしたポイントはないはずだ。フェンスの外に出ればポイントも上がるだろうか。
電車で二駅乗ればデパートの入った駅ビルがある。でも駅ビルの屋上って、どうやって出ればいいのかわからない。エレベーターに乗ればいいだけなのかな。ネットで探せば見つかるかな。なるべく人のいない、誰にも見つからない場所がいいんだけど。
◆ ◆ ◆
頭が痛い。くそっ、昨夜ビールを飲み過ぎた。インターホンのチャイムが頭に響きやがる。誰だ、こんな朝っぱらから。無視してやろうと思ったのに、何度も何度も何度も何度も押しやがって。
ヨロヨロとベッドから起き上がり、インターホンのモニターまで這いずるように歩いて行けば、映っていたのは赤髪の背の高い女。俺はムカッ腹を立てながら、ぶつける勢いでドアを開けた。
「笹桑ぁ! てめえ!」
だがそこに立っていたのは、金髪の、長髪の、ボサボサの髪の女。一瞬誰だかわからなかったのだが、よくよく見ればフォックス、築根麻耶だった。カメラの死角に隠れてやがったのか、と思う間もなく俺を押しのけ事務所に入って来る。
「ちょっと、おい! 何だよ!」
俺の抗議も聞かず、奥にまで踏み入って来た築根麻耶は、嫌悪感をみなぎらせた顔で事務所の中を見回し、やがてホワイトボードに目を止めた。
「おまえ、やっぱり海崎志保を強請ってたんだな」
にらみつける築根麻耶に対し、思わず舌打ちが出た。だがここはシラを切るしかない。
「いったい何の話だ。だいたい不法侵……」
「嫌だなあ、先輩。強請るとか人聞きが悪いっすよ」
そこに笹桑ゆかりがズカズカと入って来る。先輩とは築根麻耶のことだ。どういうつながりかは知らない。たずねたこともないし興味もない。
「五味さんは仕事の依頼を受けて海崎志保を調べてただけっすから。ね、五味さん」
と、笹桑ゆかりはウインクをして見せた。築根麻耶に丸見えのウインクを。ああ殴りてえ。ぶん殴りてえ、コイツ。
「だいたい、せっかく先輩を助けてくれる大事な人なのに、怒らせちゃダメっしょ」
その笹桑ゆかりの一言が、ただでさえ二日酔いで巡りの悪い頭を困惑させた。助けるだと? 誰が。何のことだ。
「笹桑、やっぱり私は」
どうやら何か困っているらしい築根麻耶は、事務所から出て行く素振りを見せる。だがそれを笹桑ゆかりが押しとどめた。
「だからダメっすよ。冷静に考えてください。いま先輩を助けられるのは、五味さんしかいないんす。他に選択肢なんてないんすから。ですよね、五味さん」
「ですよね、じゃねえよ。俺はエスパーか何かか。さっきから訳のわからんことばっかりぬかしやがって」
「ああ、大丈夫っすよ。いまから説明しますから」
「ちょっと待て!」
俺は笹桑ゆかりの口を止めようとした。ガキとオカルトは大嫌いなんだが、それは間違いないんだが、何やらもの凄く嫌な予感がしたのだ。
「説明なんか聞くつもりはないぞ。ないからな!」
まあ、それで止まる口なら誰も苦労はしない訳だが。
◇ ◇ ◇
昨日のことっす。築根先輩は原樹さんと一緒に海崎志保のマンションに行ったんす。もちろん他にも部下の人はいたんすけど、みんな一階のエントランスのところで待っていて、十二階、あ、海崎志保の部屋は十二階なんすけど、知ってましたっけこれ。とにかく十二階まで上がったのは二人だった訳っす。
そこで先輩は海崎志保に任意同行を求めたんすけど、断られちゃったんすね、これが。予想以上に手強かったらしくて。で、張り込んでても仕方ないんで、そこで一旦解散したんすよ。
五味さん知ってました? 原樹さんて奥さんお腹大きくて、もう予定日近いみたいなんすよ。まあ、そんなこんなあって、みんなを先に帰してから、先輩は現場近くのコンビニで夜食を買ってたんす。そしたら。なんとまあ五味さんとバッタリ会っちゃったっていうじゃないすか。縁は異なもの味なものってヤツっすね。
でもそのとき先輩は、よせばいいのに考えちゃったんすねえ。これは単なる偶然だろうかって。恋の予感とか運命の出会いとかじゃないっすよ。もしかしたら、海崎志保は五味さんに強請られてるんじゃないのかって思っちゃったんす。
そう思ったらもう止まらない。先輩は直情径行一直線すから、海崎志保のマンションに取って返して、もう一度面会を求めた訳なんす。そしたら海崎志保はすんなり部屋に入れてくれて、話を聞いてくれたらしいんすよ。そのときにコーヒーを出されたんすけど、先輩は五味さんのことで頭がいっぱいだったから、疑いもせずに飲んじゃったんすね。これがマズかった。美味しくなかったって意味じゃないすよ。
何の話をしてるときに意識を失ったのか、それすら覚えてないくらい、ストーン! て眠っちゃって。気がついたら朝っすよ。ベッドの上に寝かされていて、慌てて海崎志保を探したけど、どこにも見つからない。でも見つからないのは海崎志保だけじゃなかったんすね。
困ったことに、拳銃と警察手帳も見つからない。海崎志保が戻ってくるかと思ってしばらく待ってたんすけど、そんな様子もない。で、考えに考えた挙げ句、うちに連絡が来たって次第っす。
そんで、自分も考えに考えた末に、これは五味さんに助けてもらうしかないなって思ったんすよ。理解できました?
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