18 東端 倫敦
廃校舎での戦闘から四日後。
馴染みの喫茶店には
代わりに咲苗に同席しているのは、警察官としても「
「結局、
「双方の事情を知る者として、檜葉さんも複雑よね……ごめんなさいね。損な役回りをさせてしまって」
「謝らないでください。確かに事情を知る者として同僚たちへの後ろめたさはあるが、最終的に対策室に協力すると決めたのは他ならぬ俺自身だ。捜査官殿の所為ではありません。ファントムの存在を公に出来ない理由だって理解していますし」
「ファントムの存在を公表することにより発生する社会的混乱が、さらなるファントムの発生を誘発する可能性がある。都市伝説の怪物はあくまでも都市伝説の範疇に留めておかないと」
ファントムの存在が公のものとなれば、その社会的混乱は人々の様々な感情を刺激することだろう。
畏怖や好奇、そして悪意。そういった感情がファントムの数を爆発的に増加させ、さながら平安の世を襲った百鬼夜行のような大混乱が発生する危険性は早くから指摘されている。
都市伝説の怪物の存在は決して公のものとしてはならない。実在していようとも、秘密裏に処理出来ればそれはあくまでも都市伝説のままで終わる。
「東端について、何か新しく分かったことはある?」
「奴には大学時代を中心に数度の渡航歴があり、その全てがイギリスのロンドンでした。詳細はまだ捜査中ですが、どうやら奴は切り裂きジャック事件の足跡を辿っていたようですね。第一の犯行は、東端が最初の渡航から戻った一週間後のことでしたよ」
「憧れの殺人鬼の足跡を辿ることで、一線を越える覚悟を決めた、ということなのかしらね」
「タイミング的に見て、そういうことなんでしょうね。しかし、そもそも奴はどうして切り裂きジャックに憧れを抱いていたのでしょうか? 十九世紀の殺人鬼に憧れるなんて、犯罪者の考えることはよく分かりません」
「ねえ、東端がロンドンの地に興味を抱き始めたのは何時頃だったかは聞いている?」
「判明している範囲では、中学生の頃にはすでに、ロンドンへの憧れを語っていたと、東端の知人が語っていましたね。中学生とは思えないくらい詳細に、熱を持って語るものだから、十数年経った今でもよく覚えているそうです」
「あくまでも、私の想像なんだけどね」
そう前置きした咲苗は鞄から取り出したメモ帳を一枚破り、『
「最初は、土地と自分の名前とに共通点を見つけたことによる、純粋な好奇心だったんじゃないかな」
「名前?」
咲苗が名前の「倫敦」の方を指し示すと、檜葉も合点がいった様子で目を細めていた。
「
ロンドンという地名を漢字で表すと『倫敦』と書く。
東端倫敦の倫敦と同じ字を書くのだ。
「確かに、自分の名前と同じ地名に興味を抱くというのは分かりますが、それが切り裂きジャックにまで繋がりますかね?」
「こじつけかもしれないけど、共通点は倫敦という名前だけではないのよ」
「というと?」
「十九世紀に切り裂きジャック事件が起こった場所はね。イギリス、ロンドンの、イーストエンドという地区なのよ。イーストエンド、東の端。東端と捉えることは出来ない?」
「ロンドンのイーストエンドで起こった切り裂きジャック事件に魅せられた、東端倫敦ですか」
神妙な面持ちで檜葉は「東端倫敦」の文字をマジマジと見つめる。
偶然といってしまえばそれまでだが、実際、東端倫敦は切り裂きジャックを模倣した犯罪を犯し、十年の時を経てこの夜光市でファントム化、さらなる凶行に走るという異常性を見せた。単なる偶然とは切り捨てれないような気がする。
「想像の域は出ないけどね。唯一真実を知る東端はもうこの世に存在しない。一つだけ確かなのは、現代の切り裂きジャックによる凶行は、もう起こらないということだけ」
東端の名前を書いたメモを折り畳むと、咲苗は静かにコーヒーを啜った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます