12 殺人鬼の正体

のぼり契一郎けいいちろうさんへの面会は出来ますでしょうか?」


 午後五時。

 夜光中央病院のナースセンターで、世里花せりかが中年の看護師へと訪ねた。

 手元にはお見舞いの花束と、クラスメイト達からの寄せ書きが抱えられている。


「申し訳ありませんが、幟さんはまだ意識が戻っておらず、面会謝絶となっております」

「そうですか。でしたら仕方がありませんね。お花と、クラスメイトからの寄せ書きを、お預けしてもよろしいですか?」

「お預かりいたします。寄せ書きは、幟さんの目のつきやすい場所に置いておきますね」

「よろしくお願いします」


 世里花の手から花束と寄せ書きを受けとり、看護師は笑顔で二度会釈をした。

 

 ※※※


「そうですか、俺も安心しました。直ぐにでも顔を出そうと思います。はい、それではまた後ほど」


 時刻は午後五時三十分。

 じんを伴い市内を走行していた檜葉ひばは、叔母から電話を受けて車を止めた。

 会話のやり取りや檜葉の安堵の表情で、助手席の尋も会話の内容は察している。


「朗報だ。契一郎の意識が戻ったそうだぞ。現在医師が診察中だが、特に問題無ければ、関係者に限り会話も認められるとのことだ」


 通話を終えた檜葉の笑顔を見て、尋も安堵の溜息を漏らした。


「良かった。命に別状がないとはいえ、目覚めるまではやっぱり少し不安だったから」

「俺は今から病院に向かうが、もちろん尋も来るだろう?」

「もちろん、と言いたいところですが、身内じゃない俺が行くのは迷惑じゃないですか?」

「契一郎のことだ。直ぐにでも目撃証言がしたくてうずうずしているはずだ。親友としても、相棒としても、お前も一緒の方があいつも喜ぶ」

「分かりました」


 ※※※


「お目覚めだな。契一郎」

「……しばらく眠っていたらしいね。我ながら情けない」


 二十分ほどして、尋と檜葉は契一郎の病室へと到着した。

 契一郎の両親は別室にて主治医から今後の入院予定を聞かされており、病室には不在だ。


「大きな刃物で袈裟切りされたんだ。むしろ、驚異的な回復だと思うぜ」


 ベッドに横たわる契一郎の顔を尋は覗き込む。

 契一郎は気丈に笑って見せているが、負傷の影響はやはり大きく、今は上体を起こすこともままならない。


「長く話すのはまだ辛いだろう。早速だが昨晩何があったのか、お前の知っていることを聞かせてくれ」


 親友の生還を祝うのは全てが終わってからだ。凶行に終止符を打つために、情報を共有する事こそが、今の二人の望みだ。

 檜葉も身内ではなく、一人の刑事としての表情でこの場に臨んでおり。眉間に皺を寄せながら、いつでも筆記できるように捜査手帳にボールペンを付けている。


「……僕だけが知っているであろう情報だけを端的に伝えるよ。今回の事件はこれまでのファントム事件とは少々事情が異なる。恐らく今回の事件において、宿主とファントムは同一の存在だ」

「どういう意味だ?」

「僕は女性を襲う犯人に突進し、突き飛ばすことに成功した。僕の攻撃が効いた以上、相手は人間ということになる」


 尋が頷き、檜葉がメモ書きを走らせる。


「普通の人間相手ならどうとでもなる。そう思った矢先に、状況は一変した。犯人がローブのポケットが取り出した投げナイフを、延々と投擲してくるようになったんだ。物理的に不可能な量のナイフが、次々とポケットから飛び出して来た」

「檜葉さん。犯人の遺留品は?」

「何も残されていない。もちろん、投げナイフもだ。ナイフがファントムの能力により生み出された物なら、奴が逃走すると同時に消滅したということも考えられるな。少なくとも、鴇田ときたさんの証言では、犯人は逃走の直前にナイフを回収するような素振りは見せていない」

優典まさのり兄さん! 鴇田は無事なのか」

「大きな声を出すな。傷に障る。安心しろ、彼女には傷一つついていない。精神的なショックは少なくないが、そこは責任をもってお前もケアしてやれよ」

「鴇田が無事で、本当に良かった――っ!」


 安堵の笑みを浮かべるた直後、契一郎は痛みに顔を顰める。檜葉の危惧したように、大声が障ったのだろう。


「……鴇田が無事だったなら、犯人の異形の腕のことも恐らく聞いているよね。最初は突きとばせたはずの人間が、有り得ない量のナイフと飛ばし、最終的には刃物と一体化した異形の腕で僕を斬り付けてきた。始めてのケースで大いに混乱しているけど、これが宿主とファントムが同一の存在であるとする根拠だよ」

「確かに初めてのケースだが有り得ない話じゃない。俺みたいな怪奇の力を宿した人間だっているんだ。ファントムと宿主が同一であったとしても、俺は驚かないよ」


 初めてのケースにさして動揺を見せないのは、最前線に立つ者としての胆力だろう。


 しかし、本当の意味で衝撃的な真実はまだ語れていない。

 

「……僕は犯人の顔を見た」

「それは本当か?」

「……身に着けていた仮面を、一度蹴り飛ばしてやってね。素顔を見て動揺しなければ、もう少し冷静に振る舞えていたかもしれない」

「お前が動揺するような相手。まさか顔見知りか?」

「尋にとってもね」


 一瞬、名前を出すことを契一郎は躊躇しそうになる。

 正義感の塊である契一郎にここまでの動揺を与える存在。嫌でも緊張感が高まっていく。


 沈黙は何も生み出さない。

 契一郎は意を決してその名前を口にする。


「……連続殺人犯の正体は、東端ひがしばた先生だ」

「何だって……」


 脳天をハンマーで一撃されたかのような衝撃だった。

 契一郎が命懸けで得た目撃情報だ。それを疑うつもりはない。

 しかし、自分達の担任教師であり、善人だとしか思っていなかった東端。

 それはある意味で、最も犯人像から遠い人物像であった。


「僕だって信じたくはないが、この目で見た。女性を嬉々としてナイフで刺し、異形の腕を振り下ろして来たのは、確かにあの男だ」

「よりにもよって聖職者とはな」


 東端と直接の面識がない分、檜葉には動揺よりも怒りの感情が遥かに大きかった。

 若者の未来を育む存在であるはずの教師が、身勝手に他者の命を奪い取る。

 あまりに許しがたい。

 病院ということで必死に怒りは内に留めているが、どこか別の場所だったなら、感情的に壁を殴りつけていたかもしれない。


「今の時間なら、東端は学校か?」


 腕時計を確認すると、時刻は間もなく午後6時に差し掛かるところ。

 事件の影響で部活動や委員会などは休止している。生徒達は恐らくもう学校には残っていないだろう。

 教師陣の多くはまだ学校に残っている時間帯だ。東端も学校に残っている可能性が高い。


「犯人が分かった以上、このままにはしておけないな。逃走を防ぐためにも、一度署に報告しないと。捜査官殿にも俺から連絡しておく」


 携帯電話を使えるエリアを求めて、檜葉は一度病室を後にした。


「契一郎、これは?」

「目が覚めた時には、もう置いてあったよ」


 檜葉を見送る視線を契一郎へと戻そうとしたところ、棚の上の、花の生けられた花瓶と、クラスメイト達の寄せ書きが目に留まった。


「あら、幟さんのお見舞いかしら」


 緊迫した状況を知る由もなく、通りがかった中年の看護師が一人、興味深そうに契一郎の病室の前で足を止めた。

 自身が受け取り設置した物なので、それに注目する尋の姿が気になったのだろう。


「ああそれね。一時間くらい前に、幟さんのクラスの代表だっていう女の子が持ってきてくれたのよ。まだ幟さんが目覚めていなかったら、私がお預かりしたの」

「もしかして、志藤しどう世里花せりかですか?」


 学級委員である契一郎が不在かつ、尋や楓も欠席している状況でのクラス代表といえば、優等生かつ契一郎の友人でもある世里花が真っ先に候補に挙がる。

 

「そうそう、代表して面会者名簿に名前を書いてもらったから覚えているわ。まだ幟さんが目覚める前だったから、面会はさせてあげられなかったけどね」

「代表? 他にも誰か一緒に?」

「ええ、物騒な時期だからって、担任の先生もご一緒に。ハンサムな先生だったからよく覚えて――」


 看護師の証言に尋の表情は凍り付いていた。

 世里花が、殺人鬼である東端と一緒に契一郎の見舞いに訪れていた?

 生徒が入院している以上、担任教師が見舞いに来るのは決して不自然ではないが、それが犯人であると発覚した以上、話は別だ。

 目撃者の様子見か、最悪、口封じに訪れた可能性も否定は出来ない。契一郎の意識がまだ戻っていないと知り、今日の所は大人しく引き下がったということだろうか?


 優等生かつ契一郎の友人である世里花がクラス代表として同行することも、平時では決しておかしくはないが、同行者が殺人鬼と知れた今、彼女の身が危険だ。

 契一郎の意識が戻ったのはほんの少し前。自身の犯行と発覚したことを、東端はまだ知らないはず。だとすれば、まだ動きやすい今の内に、次の犯行に及ぶ可能性は否定出来ない。


 最悪の想像が頭を過る。世里花は今、猛獣と同じ檻の中にいる可能性がある。


「尋、優典兄さんには僕が説明しておくから、君は早く行くんだ」

「すまない!」

「……すまないは、僕の台詞だよ」


 状況についていけずに目を丸くしている看護師を他所に、尋は慌てて病室を飛び出していった。病床でその背中を見送る契一郎の表情は、友人の危機に何もしてあげれない無力さに、胸を痛めていた。


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