2 放課後デート?

「スーパーに寄っていってもいい? 色々と補充したくて」


 放課後。じん世里花せりかは肩を並べて校門を通り抜けていく。

 部活動と委員会が休止となっているため、この時間帯に下校していく生徒達がいつもよりも多い。


「もちろん。ついでだし、俺も夕飯に弁当でも買っていくかな」

「一人暮らしだし、出来合いの物になっちゃうのも分かるけど、たまには自炊しないと駄目だよ?」

 

 高校進学と同時に涼は一人暮らしをしている。料理好きの世里花のこと。一人暮らしの高校生男子の栄養状態が気になるのも当然だろう。

 

「それなりにはやってるよ。今日はたまたま」

「もし良かったらうちで食べてく?」


 横目で尋の表情を伺いつつ、世里花はやや気恥ずかしそうに提案した。

 市内が何かと物騒な時期なので、もちろん長々と引き留めようとは思わない。日が沈む前には解散するつもりだ。世里花の自宅近くと尋の自宅前にはそれぞれ市営バスの停留所が存在するため、安全に帰るという点でも問題はない。


「ありがたいけど、急だし迷惑じゃないか?」

「全然。実は今日も両親の帰りが遅くてね。夕飯は一人の予定だったの。一人分作るのも二人分作るのもそんなに変わらないし。送ってもらうお礼ってわけじゃないけど、もし良かったら食べていってよ」

「久しぶりに世里花の手料理も悪くないか。最近カップ麺が続いてたし」


 満更でもなさそうに尋は頷く。最近はファントムが頻出していたこともあり、自炊する余裕を持てないでいた。手料理を味わえるというのは素直にありがたい。


「あっ、やっぱり自炊してないじゃん」

「だからたまたまだって。近所のお婆ちゃんがおすそ分けしてくれたりもしてるし」


 などと会話を交わしつつ、二人は世里花の家にも近い、駅通りのスーパー目指して歩き始めた。


「何が食べたい?」

「シェフにお任せするよ」

「一番返答に困る奴じゃん」


 世里花は苦笑顔で尋の脇腹を小突きつつ、チラシを読んでいて朝から目をつけていた特売のジャガイモを手に取った。買い物カゴは尋が持ってあげている。


「今でもポテトサラダ好き?」

「好きだよ」

「だったら一品目は決定だね。頂きものの胡瓜きゅうりもあるし」

「別にそこまで張り切らなくても」

「誰かのために作る料理って、普段以上に楽しいものなの。好きでやってるんだから口出し無用」

「かしこまりましたシェフ」


 学校帰りに制服姿で微笑ましく買い物をする男女。同じ学校の生徒に見られたら、確実に恋人同士だと思われているところだろう。

 実際のところ、二人は交際しているわけではない。幼馴染として、二人にとってこれくらいは当たり前の距離感なのだ。お互いの両親が学生時代から友人同士だった二人は、ある意味で生まれる前からの幼馴染であった。

 流石に思春期に入った頃からは控えめになったが、学校以外でも、放課後や休日などを一緒に過ごす機会も多かった。家族と同等、下手をすればそれ以上の時間を共に過ごして来た仲なのだ。

 二人の絆が太く強靭であることは以前から変わらないが、昔と今とでは一つだけ状況に変化がある。 


 それは、尋が大きな秘密を抱えてしまっているという点だ。


 四年前の神隠し事件の真相と、現在の尋の活動内容。

 内容が内容だけに、尋はまだ世里花に真実を打ち明けられないでいる。


「私の買い物なんだし、やっぱり私が持つよ」

「俺が持つよ。俺も食べるんだし」


 学校帰りにも買い物が出来るように、世里花はいつもスクールバックにエコバックを携帯していた。

 会計を終えて食材を詰め終えると、世里花から奪い取るようにして尋がひょいとピンク色のエコバックを持ち上げる。


「あの人達って」


 スーパーを後にし、駅通りを世里花の家の方角へと歩いていると、職務中らしき知り合いを二人発見。目が合い、相手側も二人の存在に気付く。


深海ふかみくんと志藤しどうさんじゃないか」


 聞き込みを終えて駅通りの書店から出てきたのは、夜光やこう警察署所属の刑事である貴瀬たかせ公護きみもりだ。先月の毒島ぶすじま隆喜たかのぶが引き起こした誘拐事件の際、尋と世里花を警察署から自宅まで送ってくれたので面識がある。

 貴瀬の後ろには同じく夜行警察署の刑事である皆月みなづき弓子ゆみこの姿もある。彼女もまた、毒島の事件の際に世里花の警護にあたっていたので面識がある。


「お久しぶりです、貴瀬さん、皆月さん。事件の捜査ですか?」

「昨日の事件を受けて署内も大混乱さ。今は注意喚起も兼ねて、人通りの多いこの駅通りで聞き込みをしているところだよ」

優典まさのりさんは?」

檜葉ひば先輩は」


 言いかけて貴瀬は、了承を得るように隣の皆月へ目配せした。


「ちょうど署の方では会見も始まっただろうし、それぐらいなら言っても大丈夫よ」


 先輩から許可をもらえたことで、貴瀬は続きを語り始める。


「昨日の事件を受けて檜葉先輩は、今日は本庁に出向いているよ。すでに噂にはなっているし、署の会見でも語られている頃だろうけど、市内で発生した二件の殺人と十年前に都内で発生した、俗に言う現代の切り裂きジャック事件との関連性がいよいよ強まって来てね」

「やっぱり同一犯なんですか?」

「申し訳ないけど、そこは捜査情報ということでノーコメントで」

「ですよね。すみません、少し好奇心を出し過ぎました」


 警察とはまた別の視点で今回の事件に注目している者として、捜査の進捗状況が気になったのだが、事情を知らぬ貴瀬から情報を得ることはやはり厳しそうだ。檜葉も署には不在のようだし、どうしても状況を知りたい場合は咲苗さなえに連絡を取ることになるだろうか。尋でさえ不安を感じている状況だ。プロの捜査官である咲苗もきっと、今回の事件については注目していることだろう。


「二人は学校帰りかしら?」


 捜査の話が一段落したところで、皆月は純粋な興味でそんな質問をしてきた。


「はい。物騒な時期なので、これから世里花を家まで送るところですよ。せっかくなので夕飯もご馳走になる予定です」

「仲良しさんね。でも、女の子をお家まで送ってあげるのは偉いけど、深海くん自身もあまり帰りが遅くならないようにね。物騒な状況に注意するのはあなたも同じ」

「心得てますよ。そんなに遅くまで厄介になるつもりもないし、それぞれの家からバス停も近いので大丈夫です」

「ならばよし。しっかりとお家デートを楽しみなさいな」

「デートじゃないですって」

「あらあら」


 苦笑顔の尋の後ろでは、世里花が満更でもなさそうに頬を赤らめている。

 世里花の乙女な表情はもちろんのこと、皆月の目には尋の苦笑も咄嗟の照れ隠しと映っていた。少なくともお互いに相手のことを意識していることは確実だ。

 微笑ましい光景だなと思い、皆月は思わず表情を綻ばせていた。第三者の勝手な意見ではあるが、とてもお似合いの二人だと思う。


「さてと、私達はそろそろ聞き込みに戻ることにするわ。まだ明るいとはいえ、帰りの道中は気を付けてね」

「十分に注意します」

「皆月さん、貴瀬さん。お仕事頑張ってください」

「ありがとう。一刻も早い事件の解決を目指すわ」

「街の平和のために全力を尽くすよ」


 世里花からのエールに力強く頷くと、皆月と貴瀬は聞き込みのために駅通りの雑踏へと消えていった。

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